本書は,簿記・会計の誕生・発展について,世界で起こった史実を絡めながら説明した一冊です。
私も,かねてより本書を読みたいと思っており,ちょうどいい機会があったのでこのタイミングで読むことができました。読了したので,私の感想をお伝えさせていただきたいと思います。
なお,本書の全体的な概要については,ほかにいい書評をしているブログ等がたくさんあるので,本稿では省略させていただきます。
<目次>
1 基本情報
2 感想
2.1 総評
2.2 注目エピソード
2.3 会計の歴史の変遷
3 まとめ…「読むかどうか」
1 基本情報[1]
著者: 田中 靖浩(たなか・やすひろ)
1963年三重県四日市市出身。早稲田大学商学部卒業後、外資系コンサルティング会社などを経て現職。ビジネススクール、企業研修、講演などで「笑いが起こる会計講座」の講師として活躍する一方、落語家・講談師とのコラボイベントを手掛けるなど、幅広くポップに活動中。
出版社:日本経済新聞出版
発売日:2018/9/26
ボリューム:424頁
2 感想
2.1 総評
読み物として,とても面白い一冊でした。
私は,大学の学部生のころ結構がんばって簿記会計の勉強をしていたので,会計について新しい項目を学ぶということはありませんでした。しかし,簿記の誕生,財務会計の誕生など歴史を踏まえて読めたことで,
「数年前に必死になって勉強してたことは,こうやって生まれてきたのね…」
みたいな感情が湧き出てきました。
マンガや小説でいう,登場人物の過去エピソードが明らかになる感じでしょうか。ちょっとした感慨がありました。
2.2 注目エピソード
ところで,本書は,簿記・会計・ファイナンスについて学ぶことがメインといえます。本書の著者も,「『会計の全体像を,歴史とともに楽しく学べる』内容を目指し」ている旨明らかにしており,実際内容もそのようになっています。
ところが,私は,会計の内容とは少し違うエピソードに注目しました。本書の趣旨からしたら傍論ではあるのかもしれませんが,面白い点だと思ったので紹介させてください。
エピソードの舞台は,19世紀のアメリカです。
1848年カリフォルニア,シエラネバダ山脈の麓のとある土地で金の鉱脈が発見されました。金発見の噂はすぐに広まり,やがて一攫千金を狙う者たちが続々とこの地に押し寄せます。この地に移り住んだのは,30万人にものぼると言われています。いわゆる「ゴールドラッシュ」です。
人々は,金の鉱脈探しに明け暮れました。彼らの中には,金の鉱脈を探し当てて大金を手にした者もいます。ところが,それは移住者のうちのごく一部でした。遠路はるばるやってきたにもかかわらず,金が採れたのは最初のうちだけだったようです。
これに対し,雑貨屋を営んでいたサム・ブラナンは,金の鉱脈が発見されたと聞くと,自ら金の鉱脈探しをするのではなく,別の戦略をとりました。すなわち,ありったけのショベル・桶・テントを買い占め,これを移住者たちに売って大儲けしたのです。
このように,ゴールドラッシュで大儲けすることができたのは,実は金を自ら掘る者ではなく,彼らを相手に必要なものを売って商売した人たちだったのです。筆者も,
「ブームに急ぐのではなく,それで一呼吸おいて儲ける方法を考える――どうやらこれが商売を成功させる秘訣のようです」
と述べています。
このエピソードはそれなりに面白いですが,そこそこ有名な話です。私も本書を読む前からこのエピソードは知っていましたし,今この記事を読んでいる方の中でも,すでに知っていたという方も少なくないでしょう。
では,なぜ私がこのエピソードに注目したのか,その理由について説明させてください。
この話で,成功した者は誰であったかというと,ブームに乗った人たち相手に商売をしたサムのような人たちでした。「ブームに急いだ」者たちではなかったわけです。
そして,サムは簿記会計の知識を使って大儲けしたわけでもありません。
もちろん,このエピソードの続きとして,会計につながる話もでてきます。しかし,少なくともこの段階では簿記会計の知識は不要です。
彼らは,簿記会計に限らず,何かの知識をためていて,それを使って儲けを手にしたわけではありません。ゴールドラッシュというブームを一歩引いた立場から冷静に観察して,一歩機転を利かせて儲ける方法を思いついていたのです。
繰り返しになりますが,本書は,「会計の全体像を,歴史とともに楽しく学」ぶ本です。このような本に限らず,会計についての本はたくさんあり,会計の重要性は言わずもがなです。しかし,サムが成し遂げたような成功事例は知識をためるだけで達成できるものではありませんでした。成功は,物事を冷静に観察して,一歩立ち止まって考えたことによるものでした。
もちろん,知識をためていつでも使える状態にしておくことは大切なことです。しかし,その知識を使えるようにするために,日ごろからいろいろなことにアンテナを張っておくことも同じように大切であるように思われました。私も,ゴールドラッシュでサムが気付いたように,ちょっと発想を転換させて,こういう事に気付けるような人間になりたいものです。
2.3 会計の歴史の変遷
ここまで,会計とはほとんど関係ないことばかり書いてきました。このままでは,「会計の歴史の本でいったい何を学んでいるんだ」と言われそうな感じもします。
ですので,会計に関係する点についても触れておきたいと思います。会計についてもたくさん学ぶことがありました。
会計の歴史の全体像を俯瞰してみると,その流れは一直線に進化しているというよりはむしろ,一回転して戻ってきているような印象を受けました。
会計誕生の初期は,その目的は事業を行ったことによる財産の管理にありました。そこでは財産の収支計算に重きが置かれました。
そこからしばらくたって,産業の中心が鉄道事業や製造業のような大規模な設備投資が必要な産業が発達してくると,会計の形も変化していきます。
これらは,事業の初期段階で大きな投資(現金支出)があって,その投資を数年,数十年というスパンでゆっくり回収していくというビジネスモデルです。そこでは,投資をした年は現金収支は大きなマイナス,それ以外の年はプラスとなり,現金収支によっては儲けを把握することができません。したがって,現金収支ではなく実質的な経済価値の変動に着目して,損益計算を重視する会計が発達してきます。減価償却がその代表例といえるでしょう。
ところが,時代が進んでいくと,こうした損益計算がだんだん複雑化していきます。すると,経営者による主観的な判断が入り込む余地が増えるなど,問題が発生することになります。そこで,複雑な損益計算ではなく,主観の入り込む余地が少ない財産(キャッシュ)計算が再び望まれるようになりました。現金の増減を報告する「キャッシュ・フロー計算書」はこのような経緯もあり,誕生しています。
このように会計は,
①財産計算重視の会計
↓
②損益計算重視の会計
↓
③財産計算重視の会計
と時代が進んで,一回転して原点に戻ってきたような進化をしています。会計は人々のニーズに応えて進化してきたわけですが,このように進化しているというのは面白いですよね。
余談ですが,①の基礎となる考え方を「静態論」,②を「動態論」と呼びます。また,②は③との対比において「収益費用アプローチ」,③を「資産負債アプローチ」と呼びます。この辺りの考え方は,会計のテスト勉強的にも重要な論点のようです。
本当に余談ですが,令和2年度の税理士試験・財務諸表論ではこの点の理解を問う問題が出題されていました[2]。私はこの年に財務諸表論を受験したので,印象に残っています。
3 まとめ…「読むかどうか」
最後に,この本はどのような方におすすめなのか,簡単に書いてみようと思います。
本書は,会計についての理解を深めることができる本だと説明されています。その説明のとおり,会計の本質の部分について比較的まんべんなく書かれているように思われます。その一方で,会計について本当に学びたいと思ったら,少し物足りない感もあります。会計の本質については説明していますが,その反面具体的な内容についてはそこまで踏み込んでいないからです。
具体的な会計処理等について学びたい場合には,もっと実務的なほかの本にしておいた方が効率的といえそうです。
冒頭にも述べましたが,本書は読み物として面白いです。会計の知識があるなしにかかわらず楽しめるのではないでしょうか。勉強としてではなく,趣味として読むのであれば,(筆者との相性があえば)満足できる可能性は高いと思います。
[1] Amazon.co.jpの商品ページより引用。