大学院自習室

筆者が学生時代に作成した記事の置き場です。

「編曲」の意義(編曲とは何か?) ―東京高判平成14年9月6日(記念樹事件)を素材として

 最近では、DTMや歌声調整ソフトの発達に伴い、自分で楽曲を制作するなど音楽の楽しみ方が増えてきました。なかには、作った曲をYouTube等の動画サイトにアップして楽しむという方もいるかと思います。

 ところで、自分が発表した曲が他者の著作権を侵害していたような場合、トラブルとなりかねません。こうしたトラブルを避けるためには、著作権の侵害が問題となるもののひとつである楽曲の「編曲」について理解していることが役立つでしょう。

 そこで、この記事では、著作権のうち「編曲権」の侵害が問題となった事件について紹介します。この事件は、編曲か否かが争われた曲名から、「記念樹事件」と呼ばれることがあります。この記事が、作曲を始められる方などのトラブルを未然に防ぐ参考になれば幸いです。

 なお、この記事は、編曲について裁判所の判断を紹介することを趣旨とします。「結局、編曲権を侵害したらどうなるの?」という点には特に触れませんのでご注意ください。

 ■ 素材とした判決文 東京高判平成14年9月6日(平成12年(ネ)第1516号)

    ※判決文全文は、裁判所ウェブサイトからご覧いただけます。

<目次>

1 事案の概要

2 争点と当事者の主張

3 裁判所(控訴審)の判断

4 所感

5 注意点

 

1 事案の概要

 楽曲「どこまでも行こう」の作曲者である小林亜星とその著作権者(編曲権者)である有限会社金井音楽出版(以下「Xら」といいます。)が、楽曲「記念樹」の作曲者である服部克久(以下「Y」といいます。)に対して、「記念樹」が「どこまでも行こう」を著作権の侵害であると主張して、損害賠償を求めて1998年(平成10年)に提訴した事件です。なお、以下この記事では、「どこまでも行こう」を「甲曲」、「記念樹」を「乙曲」、両者を合わせて「本件楽曲」と呼ぶこととします。

 第一審(東京地裁)では、Xらは乙曲が甲曲の「複製権」を侵害していると主張しましたが、この主張は認められませんでした。Xらは、これを不服として控訴しましたが、この際、主張の内容を、第一審の「複製権」の侵害から「編曲権」の侵害へと変更して主張しました

事案の概要(イメージ)

 

2 争点と当事者の主張

 本件は、乙曲が甲曲の編曲にあたるか否かが争われたものであり、その判断として、乙曲は甲曲の「表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているか否か」が争われました。

 Xらは、甲曲と乙曲の旋律(メロディー)を曲全体で比較したとき、二次的著作物以外には現実的にあり得ないほどの類似性があるのであり、乙曲を聴くと甲曲の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるほどであることから、編曲にあたるのだと主張しました。

 これに対し、Yは、楽曲はメロディー以外にも、和声、リズムなど様々な要素からなるのであり、甲曲と乙曲は、音楽が聴き手の情緒に働きかける最も重要な要因である和声に本質的な違いがあることから、両曲の印象に相違が生じていることなどから、両曲は本質的に異なるのだと主張しました。

 

3 裁判所(控訴審)の判断

 裁判所は、結論として「乙曲が甲曲の編曲にあたる」と判断して、Xの主張を認めました。どのようにこの結論にたどり着いたのか、その判断フローを示すと次の(1)~(3)のようになります。

(1)編曲とは何か

(2)楽曲の「表現上の本質的な特徴の同一性」はどのように判断するのか

(3)本件楽曲へのあてはめ

 以下、これらを詳しく見ていきます。

 

(1)編曲とは何か

 まず、裁判所は、本件の議論の出発点である「編曲とは何か?」についての意義を示しました。著作権法に「編曲」の意味が書いてあればそれに従って判断するところなのですが、あいにく「編曲」の意義(定義)を直接指定する条文はなかったので、このような判断がなされました。

「編曲」とは、既存の著作物である楽曲(以下「原曲」という。)に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が原曲の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物である楽曲を創作する行為をいうものと解するのが相当である。

 なお、裁判所は、音楽用語としての「編曲」と著作権法上の「編曲」とでは、概念が必ずしも一致しないことについても、ここで確認しています。

 こうして「編曲とは何か」ということを示したうえで、次に「じゃあ、『表現上の本質的な特徴の同一性』って何なの?」ということについて検討しています。

 

 (2)楽曲の「表現上の本質的な特徴の同一性」はどのように判断するのか

 判決文を見てみます。

一般に、楽曲の本質的な要素が上記[筆者注:旋律(メロディー)、和声(ハーモニー)、リズム、形式等]のような多様なものを含み、また、それら諸要素が聴く者の情緒に一体的に作用するのであるから、それぞれの楽曲ごとに表現上の本質的な特徴を基礎付ける要素は当然異なるはずである。そうすると、具体的な事案を離れて「表現上の本質的な特徴の同一性」を論ずることは相当でないというべきであり、原曲とされる楽曲において表現上の本質的な特徴がいかなる側面に見いだし得るかをまず検討した上、その表現上の本質的な特徴を基礎付ける主要な要素に重点を置きつつ、双方当事者の主張する要素に着目して判断するほかはない

 ここまで、楽曲は諸要素を総合して成立していること、具体的な当事者の主張に着目して判断する必要があると述べています。

もっとも、単旋律だけで表現される楽曲も[あり]、旋律は、例えば浪曲のように単独でも音楽の著作物(楽曲)として成立し得るものである上、旋律自体を改変することなく、これに単に和声を付するだけで、旋律のみから成る原著作物の表現上の本質的な特徴の同一性が失われることは通常考え難いところである。これに対し、和声は、旋律を離れて、それ単独で「楽曲」として一般に認識されているとは解されず、旋律と比較して、著作物性を基礎付ける要素としての独自性が相対的に乏しいことは否定することができない。そして、このことは、打楽器のみによる音楽のような特殊な例を除いて、リズムや形式についても妥当するものと解される。

そうすると、楽曲の本質的な特徴を基礎付ける要素は多様なものであって、その同一性の判断手法を一律に論ずることができないことは前示のとおりであるにせよ、少なくとも旋律を有する通常の楽曲に関する限り、著作権法上の「編曲」の成否の判断において、相対的に重視されるべき要素として主要な地位を占めるのは、旋律であると解するのが相当である。

 そのうえで、旋律(メロディー)は、楽曲の本質をとらえるうえで特に重要であると述べています。

 本判決における重要な説示は、おおむねここまでです。以下ではこれに加えて、裁判所はさらにドイツ著作権法についても言及し、

ドイツ著作権法24条2項が、(…)旋律が原著作物に依拠してこれを感得させることができる新たな音楽の著作物の利用については原著作物の著作者の同意を得ることを要する旨特に規定し、旋律を厳格に保護する法理を明文で定めていることは(…)、立法例の相違を超えて顧慮すべきものを含む。

と述べ、裁判所の判断を裏付けています。

(法律界隈あるある:ドイツの影響うけがち)

 

(3)本件楽曲へのあてはめ

 最後に、これまでの検討で見てきた要素を本件楽曲にあてはめて、乙曲が甲曲の編曲にあたるか否か判断しました。この部分は、判決文原文のなかでそれなりの分量を占めていて、個人的に読んでいて結構面白かったのですが、この記事では要点をかいつまんで述べることとします。(それでも結構長くなってしまったかも。面倒になったらとばしてもらっていいです。)

 

(甲曲の表現上の本質的な特徴について)

甲曲は、(…)旋律に沿って歌唱されることを想定した歌曲を構成する楽曲であり、そのような性格上、おのずと旋律に着目されやすいものということができる。(…)甲曲の楽曲としての表現上の本質的な特徴は、和声や形式といった要素よりは、主として、その簡素で親しみやすい旋律にあると解するのが相当であ[る。]

したがって、甲曲と乙曲の表現上の本質的な特徴の同一性を検討する上で、まず考慮されるべき甲曲の楽曲としての表現上の本質的な特徴は、主として、その簡素で親しみやすい旋律にあるというべきであり、しかも、旋律を検討するに際しても、1フレーズ程度の音型を部分的、断片的に取り上げるのではなく、フレーズA~Dから成る起承転結の組立てというその全体的な構成にこそ主眼が置かれるべきである。

 

(旋律以外の要素の位置付け)

一般に、旋律を有する通常の楽曲において、編曲の成否の判断要素の主要な地位を占めるのは旋律であると解されること、これを甲曲の楽曲としての本質的な特徴という観点から具体的に見ても、その表現上の本質的な特徴が、主として旋律の全体的な構成にあることは上記のとおりであるが、甲曲は和声等を含む総合的な要素から成り立つ楽曲であるから、最終的には、これらの要素を含めた総合的な判断が必要となるというべきである。

 

(旋律の対比)

ごく形式的、機械的な対比手法として、(…)甲曲と乙曲の対応する音の高さの一致する程度を数量的に見ると、(…)乙曲の全128音中92音(約72%)は、これに対応する甲曲の旋律と同じ高さの音が使われていることが理解される。

もとより、楽曲の表現上の本質的な特徴の同一性が、このような抽象化された数値のみによって計り得るものではないことはいうまでもないが、上記のような形式的、機械的な対比手法によって得られた数字が示す甲曲と乙曲との旋律の音の高さの一致の程度は、旋律の類似例として本件の主張立証中に数多く現れている他のいかなるものと比較しても、格段に高く、むしろ、原曲とその編曲に係るものとして公表されている楽曲と同程度であるということは、看過することのできない一つの事情と解される。

[また、]甲曲と乙曲の旋律は、数量的に見て約72%が音の高さで一致しているにとどまらず、楽曲の旋律全体としての組立ての上で重要な役割を担っている起承転結の連結部及び強拍部が、全フレーズにわたって、基本的に一致しており、その結果、乙曲の[a-b-c-a′]-[a-b-c-a]の構成は、甲曲のフレーズA~Dから成るA-B-C-Aという起承転結の構成を2回繰り返し、反復二部形式に変更したにとどまるといっても過言ではないほど、両者の構成は酷似しているといわざるを得ない。そして、以上の諸要素が相まって、両曲の楽曲としての表現上の本質的な特徴の同一性が強く基礎付けられるというべきである。

[このように、]甲曲と乙曲は、異なる楽曲間の旋律の類似の程度として、当初から編曲に係るものとして公表された例を除いて、他に類例を見ないほど多くの一致する音を含む(約72%)にとどまらず、楽曲全体の旋律の構成において特に重要な役割を果たすと考えられる各フレーズの最初の3音以上と最後の音及び相対的に強調され重要な役割を果たす強拍部の音が、基本的に全フレーズにわたって一致しており、そのため、楽曲全体の起承転結の構成が酷似する結果となっている。

他方で、両曲の旋律の相違部分として、導音シの有無(…)、上行形か下行形かとの差異(…)等が認められ、このうち、特に導音シの有無の点は、乙曲のみが有する新たな創作的な表現を含むものとして軽視することはできないものの、量的にも、質的にも、上記の共通する旋律の組立てによってもたらされる支配的な印象を上回るものではないというべきである。

 

(和声について)

[乙曲の和声には、]創作性を指摘し得ることが認められる。そして、このような和声の相違が、甲曲と乙曲の曲想に一定の影響を及ぼして[おり、]甲曲の明るく前向きな印象に対し、乙曲が感傷的な思いを生じさせるという曲想の差異をもたらしている一つの要素となっていることが認められる。

そこで、乙曲が上記のような新たな和声表現を備えるものであることから、旋律に着目した場合の両曲の表現上の本質的な特徴の共通性を減殺し、ひいてその同一性を損なうこととなるかどうかという観点から更に検討するに、甲曲の楽曲としての表現上の本質的な特徴は、主として、その簡素で親しみやすい旋律にあることは前示のとおりであり、他方、乙曲も、大衆的な唱歌に用いられる楽曲としての基本的な性格は甲曲と同じであり、乙曲に接する一般人の受け止め方として、歌唱される旋律が主、伴奏される和声は従という位置付けとなることは否定し難い。これらの点を踏まえると、和声の相違が両曲の曲想に前述したような差異をもたらしているとはいえ、その差異も決定的なものとはいい難く、旋律に着目した場合の両曲の表現上の本質的な特徴の共通性を上回り、その同一性を損なうものということはできない。

 

(リズム)

甲曲が2分の2拍子、乙曲が4分の4拍子である(…)が、2分の2拍子の原曲を4分の4拍子に変更する程度のことは、演奏上のバリエーションの範囲内といえる程度の差異にすぎない

 

(形式)

甲曲が4フレーズ1コーラスをA-B-C-Aの起承転結で構成するものであるのに対し、乙曲が、おおむね[a-b-c-a′]-[a-b-c-a]という反復二部形式を採るものであるところ、両者は、むしろ4フレーズの起承転結に係る構成の共通性にこそ顕著な類似性が認められるものであって、これを繰り返して反復二部形式とすることは、編曲又は複製の範囲内にとどまる常とう的な改変にすぎないというべきである

 

(まとめ)

以上のとおり、乙曲は、その一部に甲曲にはない新たな創作的な表現を含むものではあるが、旋律の相当部分は実質的に同一といい得るものである上、旋律全体の組立てに係る構成においても酷似しており、旋律の相違部分や和声その他の諸要素を総合的に検討しても、甲曲の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものであって、乙曲に接する者が甲曲の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものというべきである。

 

4 所感

 この事件は、楽曲の類似性の観点から著作権の侵害が問題となりました。実は、このような形で著作権侵害の成否が争われたケースは意外と少なく、特に、「編曲」について裁判所の判断を示したことで、先例的価値は高いとされているようです。

 また、具体的な楽曲へのあてはめも詳細に検討されていることから、楽曲を作成してそれをネットに上げるなど検討している方は、参考までに一度判決文に目を通されておくと、予期せぬトラブルの発生を避けられるかもしれません。

 

(筆者の私見・判決全体について)

 本判決は妥当なものであるように思われました。

 一般的な日本の楽曲であれば、メロディー以外にもドラムやベース、コード進行を担う楽器を入れるなど、複数の要素から成り立つことが通常で、そのどれもが重要です。しかし、楽曲の中で一番目立つのはやはりメロディーであり、これを判断の主としてとらえることは社会通念からも外れたものではないだろうと思います。

 そのうえで、裁判所は、機械的に甲曲と乙曲の音の高さを比較して、その約72%が一致していることから、編曲の蓋然性が高まる旨判示しています。このことに対し、「音楽はそんな形式的なことで分かるものじゃない!」などとの反論があることももちろん理解できます。しかし、私見としては、国の機関として客観的な論証が求められる裁判所の判断としては、抽象的・感覚的な判断が小さいこのような方法を採用する必要性があることを考慮すると、このような判断には十分賛成できます。

 また、筆者もこの記事を執筆するにあたり、甲曲と乙曲それぞれ聴きました。その際、たしかに雰囲気の違いによって「まるで別物」のような第一印象は受けたものの(これがコードの効果なのか?)、落ち着いて集中して聴いていくとメロディーが相当程度似ていることに気付いたので、感覚的にも裁判所の結論に納得できました。

[私見の追記2023/06/01]

 なお、この判決では、メロディーの音の高さの一致率である72%という数値が目立ってしまいますが、この数値を殊更強調すべきではないかなと思います。例えば、この判決を盾にとって、「メロディーの一致率が72%よりも低い」の一点張りで「パクりじゃない!」と主張するのは筋違いだと感じます。逆に、メロディーの一致率が72%を超えたら必ず編曲権の侵害になるかと言ったら、そうではないと思います。裁判所が「それぞれの楽曲ごとに表現上の本質的な特徴を基礎付ける要素は当然異なる」、「楽曲の本質的な特徴を基礎付ける要素は多様なものであって、その同一性の判断手法を一律に論ずることができない」などと判断しているように、まずは具体的な楽曲同士を当事者の主張等に照らして検討し、その判断の一材料としてメロディーの一致率の分析があるという立ち位置なのかなと感じます。

 

(本件楽曲への具体的なあてはめの部分について)

 本件楽曲について相当詳細に分析して比較検討しており、個人的にかなり読みごたえがあり、興味深い内容でした。(先ほど、「かいつまんで」述べると言っておきながら、結局だらだら引用してしまったのはこのせい。)

 譜割りがどうだとか、「きめ細やかな経過和音と分数コード」を多用するとどうなるとか、音楽の知識が詰め込まれていましたね。仮に音楽の知識がなかったとしても、このような知識を踏まえたうえで判決文を書かないといけない裁判所さん、仕事とはいえどうもお疲れ様です、という感じです。

 今回はあまり触れることができなかった、このあてはめについて「詳細に判決文を分析して検討」みたいなことをいずれやってみたいなあ、などとなんとなく思いました。

 

5 注意点

以下の点にご注意ください。

・この記事は、専門家でない一個人の見解に基づいて作成しております。この記事を使用したことにより不利益が生じたとしても、責任を負いかねますのでご了承ください。

・本稿中の判決文、用語等について、わかりやすさのため必ずしも正確とはなっていない場合があります。

 

参考文献

 

小橋馨・別冊ジュリスト231号116頁(著作権判例百選第5版)

武生昌士・別冊ジュリスト242号112頁(著作権判例百選第6版)

茶園成樹・ジュリスト臨時増刊1246号252頁(平成14年度重要判例解説)

「音楽著作権侵害の判断手法について -『パクリ』と『侵害』の微妙な関係」

https://www.kottolaw.com/column/000051.html (2022/07/05最終確認)

 

 

 

【勉強法】音声ソフトを利用した理論暗記の勉強法の紹介

【記事の要旨】

税理士試験における理論暗記は,とにかく繰り返しが重要となります。そこで,各予備校の出版している法規集を読み上げ用音声合成ソフトを使用して音声にし,それをずっと流しておくという勉強法が有効なのではないかと考えました。ここでは,この方法のメリットデメリット,勉強の進め方についてまとめています。また,CDやボイスレコーダー録音等の他の方法との比較も行いました。

税理士対策以外の方へ>

この記事は,税理士試験対策(条文を暗記して回答しないといけない)を念頭に記述していますが,大学受験をはじめ,他分野の勉強にも応用可能かと思われます。ご自身の勉強内容に合わせ,適宜読み替えながら参考にしていただければ幸いです。

いわゆる「覚えゲー」タイプの試験や勉強に対して,有効度が高いと思われます。

 

【目次】

1 勉強法の概要
2 音声学習のメリット
3 類似の学習法と比較したメリット
4 デメリット
5 実際の作り方
6 まとめ

 

1 勉強法の概要

ステップ1 法規集(マスター・サブノートなど)の内容を,文字データとしてパソコン等に取り込む。

ステップ2 音声合成ソフトに文字データを送り,音声を作成する。

ステップ3 2で作成した音声をスマホ等に取り込み,あとはひたすら流す。

 

参考までに,条文を音読した音声のサンプルを以下に貼り付けておきます。


www.youtube.com

動画は私が作成したものです。ソフトでは速度やイントネーションの調整機能などがありますが,この動画ではほとんどいじっていません。

 

2 音声学習のメリット

作成した音声データを流すだけであるという学習法の性質上,次のようなメリットが考えられます。

(1)勉強のハードルが低い。

そのため,例えば,勉強の気分が乗らないときでも,とりあえずまずは音声だけでも流してみて,やる気が出てくるのをしばらく待つ,みたいな勉強の導入としての使い方ができると思います。

(2)疲れているときでも勉強はできる。

とりあえず聞いてればいいので。質の問題は別ですが。

(3)そんなに疲れない。

これについても,とりあえず聞いてればいいので。勉強専念の場合などは,ずっと根詰めて勉強しているとしんどいので,こういうのも混ぜながらやってみると嫌になりにくくなると思われます。ちょっとした気分転換もかねて。

 

3 類似の方法と比較したメリット

類似の方法として,A予備校の出してる音読CDを購入する,B自分で音読・録音する,といった方法も考えられます。こうした勉強法も有効な手段だと思うのですが,ここでは,これらと比較したメリットについて書いていこうと思います。

 

3―A CDとの比較

(1)お金がかからない。

自作すれば無料で勉強可能なので,費用面で節約できます。

(2)好きな声で聴ける。

無料で使用できるソフトは複数酒類あります。また,ひとつのソフトの中にも声が複数あったりもするので(VOICEVOXの場合は10種類)あるので,好きなものを選び放題です。

理論によって読む人(声?)を変えれば気分転換にもなりますし,「この理論は誰々が読んでたやつだ!」みたいな覚え方・思い出し方もできるかもしれません。

(3)好きな読ませ方ができる。

学習にあたって,好みの理論の読み方などが人によって異なってくると思います。例えば,

 ①「者」「物」「もの」を「しゃ」「ぶつ」「もの」と読み分けてほしい

 ②条文の「(」を「かっこ」,「)」を「かっこ閉じ」などと読んでほしいor読んでほしくない

など挙げるときりがないと思います。こういったものも任意にカスタマイズできます。

 

3―B 自分で音読との比較

(1)自分の声よりいい声の場合。

自分で音読する場合,自分の声が良い場合は問題ないのですが,自分の声がそんなに良くない/好きではない場合は,より好きな声を選べるソフトの方がいいと思われます。

(2)途中でかむリスクがない。

理論を読んでる途中で,ずっとすらすら言えるとは限りません。セリフをかんだりするリスクもあると思います。このとき,やり直しをしないとずっとセリフをかんだ理論を聞くことになりますし,取り直しは面倒です。「かんだらやばい」と思いながら収録するのもストレスかと思われますので,この点もソフトのメリットでしょう。

 

4 デメリット

次のような点は,この勉強法のデメリットであると思われます。

 

(1)合成音声が苦手。

そもそも,音声合成ソフトによる,人の声でない音声が苦手という方にはこの勉強は向きません。ソフトの技術力が高いので,人が特に何の調整もしなくてもわりと自然に話してくれはするのですが,それでも気になってしまうという場合はどうしようもないです。

(2)音声の作成が面倒。

音声を自作しなければならないので,それはかなり面倒です。何度も作業していくうちに効率化はしてきますが,それまでがしんどいですし,ずっと作っていると作業に飽きてきます。

忙しく時間がないという方には不向きと言えそうです。

(対処案)Aランクの理論だけ,自分が覚えにくいと思う理論だけ作成するなど。

(3)勉強時間が長くなる。

ソフトがゆっくり再生するのを聞くことになるので,単位時間あたりの勉強の質は低くなる可能性があります。こればっかりするわけにはいかないでしょう。

(4)ずっとイヤホンをしてないといけない。

呪文のような税法(または財表)の条文は,周囲の人が聞いて気持ちの良いものではありません。周囲に人がいるときはイヤホンをすることになります。

(5)勉強した気になって満足してしまう。

ぼーっと聞いてるだけでも,音声がひととおり理論を読んでくれはするので,それだけで満足してしまう恐れがあります。「単調な音声を聞くだけ」での集中が苦手な人はこればっかりしてしまわないように注意しておく必要があります。

(6)理論の内容にミスが発生する可能性がある。

ミスに気付いて「作り直しか…」と,テンションが下がる原因となります。こうした気持ちになるリスクにさらされます(予備校CDではこういうことはないはずです)。また,ミスにずっと気付かないのも,それはそれで問題です。

 

5 実際の作り方

作り方の一例を簡単に紹介します。私がこのやり方でやっているというものです。使用ソフトはあくまで一例であり,これよりいい方法があるかもしれません。

 

(使用ソフト)

・文字認識ソフト「vFlat」(スマホアプリ)・・・あくまで一例ですが,これは認識の精度が高いので個人的にはおすすめです。

・読み上げ用音声合成ソフト「VOICEVOX」・・・無料で使用可です。声の種類が豊富です。

 

ステップ1 法規集の内容を,文字データとしてパソコン等に取り込む。

・文字認識ソフト「vFlat」で法規集を撮影し,文字データとして認識します。それ以降はパソコンで作業したいので,メール等を使って任意のパソコンに文字を送ります。ほとんど誤認識はしませんが,文章を一応チェックしておきます。

(補足)

・文字を機械で読み取らず,勉強もかねて直接自分で理論を打ち込んでもいいかもしれません。私もワードに理論を打ち込む,を何度かしました。

 

ステップ2 音声合成ソフトに文字データを送り,音声を作成する。

スマホから送られてきた文字を「メモ帳」などに保存します。

音声合成ソフト「VOICEVOX」を起動し(あらかじめインストールしておく必要があります。),上記「メモ帳」に保存したテキストを呼び出します。「VOICEVOX」はtext形式など,特定の種類のファイルでなければ呼び込みできないので注意が必要です。

・あとは,音声ソフトにしたがって音声データを作成します。

(補足)

・「VOICEVOX」は,一文が長すぎるとエラーが起こるので,ソフトにテキストを呼び出すより前の段階で文章を区切っておくと便利です。

・読み方のカスタマイズ(「者」「物」「もの」など。)は,ソフトの辞書機能を利用する,テキストの段階での加工,などいくつか方法があります。効率的なものを見つけてください。(私は両方を併用しました。)

 

6 まとめ

ここまで,理論を,読み上げ用音声合成ソフトを使用して音声にし,それをずっと流しておくという勉強法を紹介しました。

比較的時間に余裕があり,勉強にメリハリをつけたいという場合には有効と思われる一方,音声を作っている時間がなかったり,合成音声が苦手な場合にはあまり効果的ではないものと思われます。

自分がこれと思った理論を数個だけピックアップして作る,もありかと思います。

 

(参考)

無料ソフト VOICEVOX: https://voicevox.hiroshiba.jp/

当記事公開日:2022/04/26

 

Pythonを利用して上場会社における役員報酬の額を予測するモデルを作成してみた

 この記事は,Pythonを使って,会社の役員報酬を予測するモデルを作成しようと試みたものです。

 筆者は,大学院で税法を専攻していました。そのため,法学を勉強していた人間がプログラミングをかじりだすとどうなるのか?という点も,この記事の見どころの一つだと思います。

 

<目次>

1 はじめに
1.1 研究の動機
1.2 研究の流れと注意事項
2 サンプルデータの取得
3 モデルの構築
3.1 探索的データ分析(EDA)
3.2 モデル構築
3.3 結果
4 モデルの検証
4.1 検証
4.2 モデル精度向上に何が必要か
4.3 精度の向上に向けた追加検証
5 全体の考察
5.1 結果
5.2 考察
5.3 問題点と今後の展望
6 おわりに

(参考)実質的なモデルの構築は3.2 モデル構築から記載しております。また,検証の結果については5.1 結果に記載しております。

 

1 はじめに

1.1 研究の動機

 法人の負担する税金の計算する方法を規定した法律として,法人税法があります。

 法人税法によると,法人税の計算の仕方は,「益金」から「損金」を引いた金額に税率をかけて計算することとされています。ここで,「益金」とは,企業の収益(売上高など)とほぼ同じであり,「損金」とは,企業の費用(商品の仕入れ代金や人件費など)とほぼ同じです。

 ただし,「ほぼ同じ」とあるとおり,一部「益金」と「収益」が,「損金」と「費用」が異なることがあります。この,どのように異なるかについても,法人税法に規定されています。

 ところで,法人税法にはたくさんの規定がありますが,その中に次のような規定があります。

 

法人税法 第34条 第2項

 内国法人がその役員に対して支給する給与の額のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は,その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入しない

 

 これは,役員給与,つまり会社の役員に支払う報酬についての規定です。条文を見てみると,会社が役員に支払う給与のうち,「不相当に高額な部分の金額」については,法人の利益の計算上「費用」であっても,法人税の計算では「損金」にはならない,と言っています。税金の計算上,ひけるものが少なくなることを意味するので,会社にとっては,不利な規定です。

 ところで,条文には,「不相当に高額な部分の金額」は,政令で定めがある,と言っています。そこで,この条文に対応する政令の規定を見てみます。ただし,本物の条文は長くて読みにくいので,編集しています。

 

法人税法施行令 第70条

 法第三十四条第二項(役員給与の損金不算入)に規定する政令で定める金額は当該役員の職務の内容,その内国法人の収益及びその使用人に対する給与の支給の状況,その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する給与の支給の状況等に照らし,当該役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額とする。

 

 つまり,①報酬をもらう役員のしていた仕事の内容や,②その会社と似た会社を探してきて,その似た会社の役員がもらっている報酬の額,を参考にして決めてねと言っています。

 ところが,現実的な法の運用の面では,①よりも②が重視されている傾向がみられます。そして,②を参考にするというのは,会社にとっては大変難しいことです。自分の会社の役員に払う給与の額の参考にしようとして,ほかの会社の役員の給与の額を調べようとしても,そのような情報が簡単に見つかるわけではないからです。

 その結果,会社が役員に支払った給与が,この規定により「不相当に高額」として損金にさせてもらえない,ということが起こります。なお,税金に関する処分をする立場である課税庁には情報が集まっているので,②により金額を決定することができます。ある意味,情報量に格差がある状態といえるでしょう。

 このような状況を見たとき,問題が生じる根本的な原因は,納税者である会社が②の情報を参考にできないことではないか?と考えました。つまり,現に誰でも簡単に入手することができる情報をもとに,自分の会社の役員に払う給与の相場がわかれば,70条2項により「不相当に高額」となる金額の予測がつき,情報を持っていないことによる不利益を解消できるのではないか,と考えたわけです。

 そこで,これ以降では,自分の会社と役員の情報(これは当然知っています)から,役員報酬の相場を予測するモデルを作成しようと試みています。知っている情報をポンポン放り込むだけで,自動的に役員報酬額の目安を出力してくれるモデルを作れば,この規定の抱える問題を少しでも解消できるのではないかと思っています。

 

 …というのは実は嘘で,本当は,Pythonが少し使えるようになったので,練習も兼ねてPythonを使っていろいろ遊んでみたかっただけです。

 

1.2 研究の流れと注意事項

 研究の流れは,大きく次のとおりです。

[1]サンプルデータの取得

 誰でも取得可能なデータ,ということで今回は「EDINET」より,上場会社の有価証券報告書から情報を拾ってこようと思います。

「『不相当に高額』で処分されるのはむしろ非上場会社なのだから,有報からモデルを作るのなんてナンセンスだろ」とか言わないでください…

[2]Pythonによるモデルの構築

 Python機械学習ライブラリを用いてモデルを作成します。線形モデル(重回帰分析)で予測を行います。

[3]上記モデルの検証

 予測できたモデルの精度を確認します。精度が低ければ改善案を考えます。

[4] [2]と[3]を繰り返してモデル精度の向上を試みる

[5]研究全体のまとめ

 

 次に,注意点です。

 

 前述したとおり,これは税法の条文とPythonを用いた遊びです。その点をご理解の上,読んでいただきたいです。税法がご専門の方や統計学がご専門の方には,これからの成長にご期待いただき,生温かい目で見守っていただけますと幸いです。

 また,はじめから断っておきますが,この研究は,現実の運用に応用するのは無理だと思っております。例えば,この規定により争訟が想定されるのは非上場会社なのに,サンプルは上場会社のものを使っているなどの問題があるためです。このほかにも,この研究の問題点については,後ほどまとめて述べることとします。

 

2 サンプルデータの取得

 さて,この研究は,予測の前提となるサンプルデータを収集しないことには始まりません。そこで,まずは,このデータの収集の過程について述べてみようと思います。

 

 まず,データの収集の前提として,次の2点を考えました。

①どの企業のデータを収集するか

②データの何を(収集する項目)取得するか

 

 ①について,分析に使用する企業は,できるだけランダムに選ぶ必要があります。(こんな研究,そんな細かいことどうでもいいよなと思いながらも,なぜか無駄にこだわります。)ランダムといっても,具体的にどうしようかと考えていたところ,私は企業に付されている証券コードに着目しました。具体的には,

(1)エクセルにて4桁の整数をランダムに発生させ,

(2)それをヤフーファイナンスの検索ボックスに打ち込み,

(3)検索に何らかの企業が引っかかれば,その企業を採用する

という手順を踏みました。

 「 非効率だよな。もっといいやり方無いかな?」と思いながら作業を行いました。

 4桁の整数であれば,必ず上場企業がヒットするわけではなく,何も出てこない場合も多かったです。また,ETFがヒットすることもあり,ETFにも証券コードが降られていることを初めて知りました。

 

②については,容易に取得可能であるという点を考えて,有価証券報告書に記載の情報を採用することにしました。このうち,取得する情報は,次に掲げるものとしました。

・売上高

当期純利益(または純損失)

・純資産

・総資産

・従業員数

・従業員平均給与

・市場区分

・役員給与

 

 上の6つについては,役員報酬の額に与える要因について分析した研究*1を参考(というか,まったく同じ)にして決定しました。最後の市場区分については,検索エンジンにかけたときに,一瞬で判明する情報だったことから採用しました。

 いずれも,役員給与と関連がありそうな項目を選んできたのがポイントです。なお,各項目の詳細については,参考(この章の最後に掲載)としてまとめておきます。

 

 収集するデータのサンプル数は, 30 とすることにしました。このように設定すると,「分析するにしては,あまりに少ないではないか」と鼻で笑われそうな数ではあると思います。現に私もそう思います。ですが,データの収集を私一人でやっていて結構大変だったので,どうか勘弁してください。

 データの収集ですが,最初は金額などを拾うのに苦労していました。しかし最終的には,ヤフーファイナンスからEDINETへ行き,有報を開いて必要な情報にアクセスするという作業を最適化することが可能となりました。無駄なスキルとは思いますが…

 

 では,収集したデータの様子を写真でお示します。

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30社分のデータを集計しました。

 

 

(参考)

各項目の具体的な収集の仕方についてまとめておきました。

項目

説明

売上高

連結損益計算書の「売上高」。なお,国際会計基準を採用している企業については「売上収益」とする。

当期純利益(または純損失)

連結損益計算書の「親会社に帰属する当期純利益(または純損失)」の金額。

純資産

連結貸借対照表の金額。

総資産

連結貸借対照表の金額。

従業員数

連結ベースの情報。なお,人数は全日ベースで記載のものを採用。

従業員平均給与

提出会社の年間平均給与の額。

市場区分

東証一部上場の場合は「1」,それ以外は「0」と表示。

役員給与

取締役に対する報酬の合計額を,その合計額の対象人数で除したもの。

 

なお,全体的な方針として,

・最新年分の情報を使用しました。

・金額は,「百万円」単位(人件費関係は「千円単位」)とし,それ以下の金額については切り捨てました。また,有価証券報告書において,人件費が「百万円」単位となっているものについては,百万円未満の金額はないものとみなしました(この場合,金額の下3桁が000となっています。)。

・収益の構造が一般の事業会社と異なる,金融業・保険業の会社については,データの収集は行わないこととしました。

 

3 モデルの構築

 全体の流れを簡単に確認すると,次の通りです。

[1]サンプルデータの取得

[2]Pythonによるモデルの構築

[3]上記モデルの検証

[4] [2]と[3]を繰り返してモデル精度の向上を試みる

[5]研究全体のまとめ

 第3章では,上記の[2]に入っていきます。

 

3.1 探索的データ分析(EDA

 Pythonのコード作成は,「Google Colaboratory」を用いて行うこととします。早速モデル構築をしていきたいわけですが,その前に,データの特徴を大まかにつかんでいきたいと思います。これは,探索的データ分析(EDA)と呼ばれたりもします。

 データファイルを読み込んだのち,データ数や欠損値の確認,基本統計量の確認,相関関係の確認を行っていきます。

 自分でひとつひとつデータを打ち込んで作ったわけなので,データ数やカラム名は既知であり,欠損値がないことも明らかですが,一応確認します。

カラム名と項目の対応も示しておきます。

項目

カラム名

売上高

Sales

当期純利益(または純損失)

Income

純資産

Nassets

総資産

Tassets

従業員数

Employees

従業員平均給与

Salary

市場区分

Place

役員給与

Officer

 

 

 次に,基本統計量の確認です。データの中に,一部巨大企業(みんなが知っているような有名企業)が含まれており,分析がしにくくなるかなと思ったので,規模が他と比べて極端に大きすぎる企業については,この段階で除外することとしました。

 ヒストグラムを見ても,まだ売上が上に抜けている企業がみられますが,許容範囲と考えて,次に進むこととしました。

 

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基本統計量

 

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ヒストグラム

 

 相関行列散布図も確認しました。今回は,初めから線形モデルで行くと決めていたので,あまり関係ないかもしれませんが,気分の問題です。

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相関行列、散布図

 散布図は,相関行列と同じ数だけあるのですが,一部だけ表示させてもらいます。

 

3.2 モデル構築

 ようやく,モデルの構築に入ることになります。私が書いたコードを一気にお示しします。

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コード

 解説です。

①必要なライブラリをインポートして,[11]

②説明変数(x),目的変数(y)をそれぞれ設定します。[12]

③集めたデータを,「学習データ」と「テストデータ」に分けます。[13]

④モデルを宣言して,[14]

⑤学習をさせます。[15]

 これで,学習は完了です。

 

補足:③について

「学習データ」の方で,機械にデータの学習をさせ,「テストデータ」で学習してできたモデルの性能をチェックします。

ちなみに,それぞれのデータ型を確認してみると,

学習データ…19

テストデータ…9

もはや,雀の涙かというようなデータ数となってしまいました…

 

3.3 結果

 では,ここまでのモデル構築の結果,モデルはどのようになったのでしょうか。

早速表示させたいと思います。

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モデル

 どうでしょうか。とはいっても,「数字だけダラダラ表示されても」という感じかもしれません。少し補足をします。

 

 今回,モデルの構築は,「重回帰分析」という手法により行っています。重回帰分析を式で表すと,次の通りです。

   Y=b1X1+b2X2+b3X3+…+b0

 今回でいうと,役員給与Yを予測するために,売上高などの項目を複数個用意しました。それぞれ,X1,X2などが対応します。そして,X1,X2…の値からうまくYを予測できるように,b1,b2,…を調整する必要があります。このb1,b2…の値を機械学習によってうまい具合に調整してくれたものが上記の結果になるというわけなのです。

 例えば,売上高に対応するbの値が0.0156…となっているというわけです。

 

 今回の結果が,重回帰式の係数なのだということはわかりました。しかし,それがわかったところで,正直このモデルの出来不出来はやっぱりわかりません。そこで,次章ではこのモデルの「検証」に入っていきます。

 

4 モデルの検証

 全体の流れについても簡単に確認しておきます。

[1]サンプルデータの取得

[2]Pythonによるモデルの構築

[3]上記モデルの検証

[4] [2]と[3]を繰り返してモデル精度の向上を試みる

[5]研究全体のまとめ

 本章では,上記の[3]と[4]に入っていきます。

 

4.1 検証

 まずは,前回構築したモデルの結果を示しておきます。なお,モデルはLinearRegressionにより行っており,結果の各係数は,重回帰式を構成するものとなっています。

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結果



 

 では,ここからこのモデルの検証を行います。検証は,

①決定係数を求める

②予測値と実測値の直接比較

ということにより行います。

 

 まず,前回は「学習データ」を使用してモデルを構築しました。この学習させたモデルの精度のテストには,「テストデータ」を用います。これは,モデルの検証をするのに,モデルの構築に使用したデータを使用するのは適切ではないためです。

 ところで,モデルを作成するそもそもの目的は何だったかというと,モデルを使用することにより値の予測を行うということにありました。したがって,そのモデルの精度を検証するためには,モデルにより予測した「予測値」と,データの実際の値「実測値」を比べることにより行えばいいわけです。

 予測値と実測値の差が小さくなるほど,あてはまりのよい,すなわち精度の高いモデルができたということになります。

 

 そして,そのことを具体的に検証するために,上記検証を実施します。①の決定係数は,予測値と実測値がどのくらいマッチしているのかを0から1の数値で示したものです。この値が1に近づくほど,モデルの精度が高いといえます。②は説明せずともわかりやすいと思います。

 

 これらを,前回作成したモデルに対して検証してみます。

 まず,①スコアの結果ですが…

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スコア

 え,テストデータの数値がマイナス…

 学習データに対するスコアは高いので特に問題がないのですが,テストスコアの方がわけわからない低さになっています。

 いったん飛ばして,②直接比較をしてみます。とりあえず,5社分出力することとしました。

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直接比較

 若干見づらいかもしれませんが,予測38162に対して,実測20813,予測13181に対して,実測13088, …と対応しています。上から2番目,4番目あたりはうまく予測できていますが,それ以外がかなり離れていることがわかります。特に,一番下が予測2207に対して,実測37489と大きく外しています。

 決定係数はともかく(これは本当にわからないです…),値を直接比較してみても,精度が悪そうということがわかりました。

 

4.2 モデル精度向上に何が必要か

 では,このように予測の精度が低かった原因は何だったのでしょうか。いくつか原因を考えたので以下に示します。

 

①サンプル数が少なすぎる

②モデル(線形モデル)が悪い

③外れ値の影響を受けた

④多重共線性の問題

 

 まず,①のせいでモデルの精度が落ちているのはほぼ確実でしょう。この対応としては,データ数を増やすというとても単純なものです。

 また,②についても,他の機械学習モデルを採用することにより対策すべきです。しかし,私の勉強不足により,それ以外のモデルについて今回は試すのをやめることとします。ネットを探すと他のモデルも載っていたりしており,実装自体はできるかもしれませんが,そのモデルに対する理解があやふやなのであれば,今回はすべきではないかなと判断しました。

 ③の影響も大きいと思われます。今回,サンプルデータの作成の時点で,事業規模が極端に上に振れているものについては除外しました。しかし,依然として事業規模がかなり大きい企業が残っています。

 これについては,あまり神経質に見始めると,事業規模が似ているものばかりがサンプルとして集まってしまい,それはそれで問題かなということで,触れないこととしました。それよりも,①の問題を解消することの方が重要と思われます。

 最後に,④について。重回帰分析を行う場合において,強く関連しあっている説明変数が存在すると,モデルの精度が落ちるという状況が起こることがあります。これを「多重共線性」と呼びます。

 今回であれば,説明変数の中に「総資産」と「純資産」という項目があり,その相関係数は,0.9346となっています。これは,説明変数同士の相関係数のなかで,最も高い値です。また,「総資産」「純資産」のどちらも,貸借対照表の資産の状況を示すものであるという共通点もあります。そこで,この2項目の間で多重共線性の問題が生じているのではないかと予想しました。

 

4.3 精度の向上に向けた追加検証

 以上を踏まえ,モデルの精度を高めるために,次のような調整をしました。

 

検証1 学習データとテストデータの振り分けを変える

検証2 「純資産」を説明変数から落とす

検証3 「総資産」を説明変数から落とす

 

検証1 学習データとテストデータの振り分けを変える

 前述の①にもあるとおり,データを増やして再挑戦するのが筋な気はするのですが,ここでは付け焼き刃的な対応として,データの振り分け方をいじってみます。これだけで改善されたら占めたものです。

 具体的には,train_test_splitのところで,random_state=10に設定しました

 先ほどは,random_state=0で設定していたので,ここを変えることになります。その結果は次の通りです。

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random_state=10

 おお,ここをいじるだけでかなりモデルが改善されているではないですか!

 さっきまで負数だったところ,これは大きな進歩です。テストスコアと比較して,0.3ほどの開きがありますが,データ数の乏しさを考えるとまずまずといえるのではないでしょうか。少なくとも,私は満足しています。

 ところで,今回random_state=10と設定したのは特に意味があってのことではありません。Pythonを教わったときに,先生が,「ここに入れる数字は何でもいいです」とさらっと言っていたので,適当に決定しました。ただし,「もしかして何らかの意味があるけど説明を省略したのでは?」とも考えてしまいます。

 問題がある場合は,指摘がほしいです…

 

 また,値の直接比較でも,若干改善されたような気がしないでもないですね。

 

検証2 「純資産」を説明変数から落とす

 次に,多重共線性対策を考えます。説明変数から「純資産」をおとしてやったモデルを構築しました。

検証の結果がこちらです。なお,係数については次回以降で扱うこととして,今回は省略しました。

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純資産を落として、random_state=10

 これは,先ほどとあまり変わっていない気がしますね。多重共線性の問題は特になかったと解釈していいのでしょうか。

 

検証3 「総資産」を説明変数から落とす

 今度は逆に,説明変数から「純資産」をおとしてやったモデルを検証します。

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総資産を落として、random_state=10

 

 こちらも,そこまで変化がないように思われます。特に,モデルの精度に改善は見られませんでした。

 ちなみに,random_state=0と設定して検証2,3をやったところ,いずれもモデルとして機能していませんでした。

 

 したがって,データの振り分け方はモデルの精度向上に大きく貢献した一方,多重共線性の問題は生じておらず,この点からの改善は見られなかったと考えられそうです。そもそも,この程度のデータ数で,過学習なんてしようがないような気がしますし…

 今のところ,検証1の後のモデルが一番適切といえそうです。

 

 そして,(しつこいかもしれませんが)サンプル数の少なさの問題は依然として残りました。データの絶対量を増やさなければ,他をどう工夫したところで,これ以上の精度の向上は考えにくいと思われます。データの振り分け方を変えたことで,結果が大きく変わったことからもこのことが言えると思われます。

 

5 全体の考察

 これまでで,モデルの構築と検証,そして,精度向上のための試行を行いました。そこで,本章では,これまでの内容を踏まえて研究全体のまとめを行おうと思います。

 

5.1 結果

 現在まで作成したモデルについて,その結果を表にまとめたので,次に示します。

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分析結果(まとめ)

 1行目に記載の,①から⑤の条件のもとでそれぞれモデルを構築し,係数決定係数(学習データ,テストデータそれぞれ)をそれぞれまとめてあります。予測値と実測値を直接比較した結果についても表の下に掲載しました。

(注)

「rnd」とは、「train_test_split」(テストデータと学習データの振り分け作業)において、データの振り分け方を固定する「random_state」をどう設定したのかを示しています。

「-nasとは、純資産を説明変数から除外したことを示しています。

「-tas」とは、総資産を説明変数から除外したことを示しています。

 

 なお,前回までの記事で触れておりませんが,Pythonと同じデータを使用して,エクセルによる重回帰分析も行っていました。その結果についても併せて載せてあります。

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エクセルでの分析結果

 

5.2 考察

(1)係数について

 まず,上記分析で求められたモデルの係数を見ていきます。すると,多少の違いは見られるものの,大きな傾向みたいなものはあることがわかります。

 売上高の係数が多くの場合で負数になっているのは少し意外でした。そのほか,総資産や純資産など会社の規模と関連が深そうな変数についても,全体的に絶対値が小さく(スケールの問題もありますが),値が正になったり負になったりと,事業規模は役員報酬とそこまで関係ないのかな?という印象も受けます

 しかしながら,従業員数はいずれのモデルでも正の値をとり,エクセルの分析の結果,p値が有意に小さいことを考えると,これは関連がありそうということになります。

 また,利益の額についてはいずれのモデルでもわかりやすく正の値をとり,エクセルでもp値が有意に小さいことから,役員報酬への影響は高いものと想定されます。「利益」という,経営成績と直結する指標の方がむしろ説明変数として有用なのかもしれないです

なお,依然引用した論文(*2)でも,利益の額は役員報酬へ有意に影響を与えていることが示されており,本研究においてもこれを確認することができたという点は良かったと思います。

 

(2)モデルの精度

 次に,モデルの精度を見てみます。テストデータの決定係数をみると,③(rnd=0,説明変数は落としていない)が最も精度が高いという結果になりました。ただし,エクセルは学習データとテストデータを分けておらず,単純比較できないので今回は考慮外とします。

 ①については,精度が極端に下がっていますが,学習データの当てはまりは他と比べて最も良いことから,過学習のような状態が起こっているのではないかと予想しています(これは本当にわからないです)。

しかし,最も良いものでも,学習データとテストデータの決定係数に0.3程度の差が生じており,モデルとしての精度はそこまで高くない状態となっています

 最後に,直接比較についてです。これは①についてはかなり誤差が目立つ結果となりました。それ以外についても,それなりの誤差がみられます。ただし①ほどの,よっぽど見当違いというような値までは出ておらず,一定程度の予測精度は担保できているものと思われます。

 

5.3 問題点と今後の展望

 ここで,ここまでの内容を踏まえ,問題を整理してみたいと思います。

 

(1)サンプルの数を十分に収集しなかった

 これは前回も触れましたが,再確認します。データが少ないことで,モデルが個々のデータの影響を大きく受けてしまうことで,安定した分析が行えないということが起こってしまいました。前回の記事で,学習データとテストデータの振り分け方を変えただけでスコアが著しく上昇しました。この工夫によりモデルの精度が上がったことは良かったといえます。しかし,その反面,この点だけを変えてスコアが多く変化したというのは,つまるところモデルが個別のデータの影響を強く受けているということも示しており,安定的なモデルの構築の妨げになっているという懸念もあるのではないかと推察されます。

 また,事業規模が大きい法人があると,その法人の影響を大きく受けてしまう一方で,そのようなデータを外して処理してしまうと,モデルを適用可能な法人の範囲が狭まってしまうという問題も起きます。したがって,外れ値の処理も困難となるという影響を受けてしまいました。

 やはり,サンプル数の確保は重要であることを(自明のことではありますが)身をもって実感しました。今後同じような検証をするのであれば,しっかりとデータ数をそろえて臨むようにしたいです。

 

(2)単純な線形モデル以外を検討しなかった

 今回は重回帰分析モデルで検証を行いましたが,これ以外の他のモデルにより精度が向上することも十分考えられます。他のモデルによる検証も併せて行うべきでした。

 今回は,私が勉強不足のため他の手法は用いませんでしたが、今後機械学習についてより応用的な論点について学ぶことがあるかもしれません。それにより,使える道具が増えれば,それらを用いて精度の向上を目指すこととしたいと思います。

 

(3)説明変数の選び方の問題

 今回の検証において,目的変数は「役員報酬」です。役員報酬は,役員がその職務を行ったことに対する対価として支払われていると考えるのが一般的です。そして,役員は,その会社の経営を担うのが通常の役割ですから,その報酬の額は,役員がどれほどの経営手腕を発揮したかということと関連が深そうであるといえます。

 ところで,例えば今回説明変数として採用した売上高などは,合併など組織再編によって経営成績等と関係なく伸ばすことができます。同様に,総資産額や従業員数なども,結局のところ事業規模と関連の深い項目であるといえるでしょう。

 このように,今回選んだ説明変数が,役員の報酬や,それを決定づける経営手腕などとあまり関係がなく,変数としてあまり適切でなかった可能性もあります。

 そこで,今回使用したものとは別の説明変数を導入することにより,モデルの精度を向上させられることも十分想定されると考えられます。例えば,ROE,ROAなどの収益性指標,一定期間における株価の上昇幅,前記収益性指標の上昇幅などは,経営手腕と関係がありそうです。いずれにしても,説明変数をどう選ぶかというのは,非常に重要と言えそうです。この点は,機械学習の理解というよりは,役員報酬それ自体への理解の深さが求められると思うので,そうした分野に対する理解が今後の課題として残されたものと考えています。

 

(4)現実運用への応用に対する問題点

 これは,モデルの作成を通して明らかになった問題というよりは,むしろ最初から分かっていた問題ではあるのですが,何も始める前から書くこともないだろうと思っていたのでこのタイミングでまとめたいと思います。

 今回の研究で行った,「有報からとれる情報をもとに,役員報酬を予測する」というアプローチ,そして,それにより法人税法34条に規定する「不相当に高額」となる役員給与等の額を予測するという応用には次のような問題があります。

・この規定により争訟が想定されるのは非上場会社なのに,サンプルは上場会社のものを使っている。

・事業規模について実際の適用にあたり,データの外挿(※)の問題が生じる。

有価証券報告書から判明する定量的なデータしか使用することができず,モデルに限界が生じる。

・モデルにより,役員報酬の「適正額」,つまりいわゆる相場は判明するが,これは「『不相当に高額』規定により否認されることのない額である,『適正額』の上限ギリギリ」とは異なる概念である。したがって,役員報酬の予測ができたところで,その結果をもとに直ちに応用できるというわけではない。

・そもそも,有価証券報告書の情報によると,役員個人の報酬については判明しない。今回の分析は,あくまで役員全体の平均報酬しか使用していない。したがって,役員個々人の報酬という点にはアプローチできていない。

(※)外挿とは,あるデータを使って学習した機械学習モデルにおいて,その学習データ(入力データおよび教師ラベル)の数値の範囲外で出力を求めることを指します。例えば,今回の研究で収集したデータのうち,売上高の最小値は3億1300万円でした。したがって,売上高がこれ以下(1億円程度など)の企業についてモデルを使って予測を行うと,外挿の問題が生じます。外挿が生じている場合には,モデルの精度にかかわらず予測がうまくいかないことがあり,実用にあってはこのことを意識しておく必要があるのです。

 

6 おわりに

 上記のように,今回の研究は様々な課題を残すこととなりました。

 また,そもそもこのアプローチによっては,役員報酬税務への応用は無理っぽいことも明らかとなっています。(この点については,私はただPythonで遊びたかっただけなので,特に落ち込んだりはしないですが)

 しかしながら,今回の検討を行うことにより,次はどのように改善したらいいか?という方向性は少し見えてきたように思います。それだけでも,今回の研究には(ごく少しかもしれないですが)多少の意義はあったのではないかと思います。

 

 最後に,少し恥ずかしいですが私の感想です。

 今回,問題を自分で設定したうえで,モデルを実装し,考察を行うというのは,初めての試みでした。それまで,Pythonについての簡単な講義を受ける程度のことしかしていなかったので,この程度の記事ではありますが,本人は大変だった部分が相当数はありました。

 具体的な分析の方法などについては,本を読むなどで対応し,見様見真似でやっていきました。大学などで経験したわけではなかったので,この記事の作成過程自体が新鮮でよかったですね。

 私の専攻や進路を考えると,このような手法での研究を行うことはまず考えられないですが,この「なんちゃって実証研究」みたいなことをした経験が何らかの形で糧にあってくれるとうれしいです。

 

 以上です。ここまで読んでいただきたいてありがとうございます。

 なお,冒頭でも述べた通り,この連載企画は今回が最後です。初回から読んでいただいた方,結構長くなってしまいましたが,それでも最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

参考資料等

高橋信「マンガでわかる統計学 回帰分析編」オーム社、2005

いまにゅのプログラミング塾「【完全版】この動画1本で機械学習実装(Python)の基礎を習得!忙しい人のための速習コース」https://www.youtube.com/watch?v=okpRV08-svw

(最終確認:2022年3月2日)

「内挿/外挿(Interpolation/Extrapolation)とは?」

https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/2008/26/news017.html

(最終確認;2022年3月5日),ほか。

 

*1:島弘・豊田雄彦「上場会社における役員報酬等の決定要素に関する統計的分析」立正大学法制研究所研究年報,20号(2015)

*2:前掲*1

子どもに「悪魔」という名前をつけることは許されるか? 『悪魔ちゃん事件』ーー東京家庭裁判所八王子支部平成6年1月31日審判

生まれてきた子供に名前をつけるのは,親の役目といえるでしょう。最近では,珍しい名前を付けるケースも度々見られます。では,自分の子供に,いかにも問題がありそうな名前をつけることは許されるのでしょうか。今回は,そのことが問題となった事件について解説していきます。

 

 

1 事案の概要

1993年8月11日,出生児の父親であるXは,Y市に「悪魔」と命名された男児の出生届を提出しました。

市役所は「悪」も「魔」も常用漢字の範囲であることから受理しましたが,受理後に戸籍課職員の間で疑問が出たため,法務省に本件の受理の可否に付き照会しました。はじめは,法務省から「問題ない」との回答があったため受理手続きに入りましたが,後日,「子の名を『悪魔』とするのは妥当でなく,届出人に新たな子の名を追完させ,追完に応じるまでは名未定の出生届として取り扱う」との指示が出されたことから,受理手続きを完成させず,戸籍に記載された名欄の「悪魔」の文字を誤記扱いとして抹消し,夫婦に対して別の名前に改めるよう指導しました。

これを受けて,届出者であるXは,東京家庭裁判所八王子支部に不服申し立てを行い,「悪魔」の名を長男の戸籍に記載し,長男の名の受理手続を完成する事を求めました。

 

2 争点と当事者の主張

 この事件の中心となる争点は,子供に「悪魔」という名前をつけることの適法性(認められるのかどうか)です。

 Xは,「悪魔」という名は,戸籍法50条に規定する制限内の文字からなっており,子に対して明らかに良い影響を与えると主張しました。具体的には,①誰からも興味を持たれ,普通以上に多くの人々と接してもらえることが子の利益になる②物おじしない野心家になって欲しい,などです。

 したがって,受理手続を進め,「悪魔」との名前で戸籍面への記載がされるべきだと主張しました。

 これに対し,Y市長は,本件名は命名権を濫用しており受理できないとしました。

 

3 審判所の判断

審判所は,次のように述べて「悪魔」という命名が不適法である(許されない)といえたと判断しています。

まず,親の命名権については次のように判断しました。

戸籍法上,出生子の命名については一定の文字の使用を禁ずる以外は,直接の法的規制が存しないことに鑑みれば,親(父母)の命名権は原則として自由に行使でき,従って,市町村長の命名についての審査権も形式的審査の範囲にとどまり,その形式のほか内容にも及び,実質的判断までも許容するものとは解されないが,例外的には,親権(命名権)の濫用に亙るような場合や社会通念上明らかに名として不適当と見られるとき,一般の常識から著しく逸脱しているとき,または,名の持つ本来の機能を著しく損なうような場合には,戸籍事務管掌者(当該市町村長)においてその審査権を発動し,ときには名前の受理を拒否することも許されると解される

 続いて,この判断を今回の事件にあてはめています。

申立人は,本件命名の理由につき縷々述べるが,要するに,長男は,この命名により,人に注目され刺激を受けることから,これをバネに向上が図られる,本件命名は,マイナスになるかも知れないが,チャンスになるかも知れない,というものである。……(略)……申立人の上記命名の意図については理解できない訳ではないが,申立人のいう本件命名に起因する刺激(プレッシャ)をプラスに跳ね返すには,世間通常求められる以上の並々ならぬ気力が必要とされると思われるが,長男にはそれが備わっている保証は何もなく,……(略)……本件命名が申立人の意図とは逆に,苛めの対象となり,ひいては事件本人の社会不適応を引き起こす可能性も十分ありうるというべきである。

 このように考えれば,今回の「悪魔」との命名は,出生子の立場から見れば,命名権の濫用であって,前記の,例外的に名としてその行使を許されない場合,に該当するとしました。

 ただし,今回の事件では,Y市長がXの出生届をすでに受理してしまっており,このような場合であっては,「悪魔」という名前であっても,戸籍にそのまま記載するしかないとして,結果としては,「悪魔」の名の記載を復活させるのが相当として,Xの申立てを認容しました。

 

4 おわりに

いかがでしたか?

今回の事件では,結局Xの勝訴となってしまいました。では,実際に「悪魔ちゃん」は誕生したのでしょうか?

上記の判断が下された後,Y市はこれを不服として即時抗告しました。これに対しXは,争いが長引くことで子供に名前がつかない状態が続くのは良くないなどとして,東京家庭裁判所八王子支部への不服申し立てを取り下げました。最終的には「悪魔」との命名はされないこととなり,事件は終結することとなったのです。

 

 

 

参考文献

・『民法判例百選Ⅲ 親族・相続[第2版]』(有斐閣,2018)

・Ⅱ-3 「悪魔ちゃん」命名事件について http://ww3.tiki.ne.jp/~masanao/study/akumacha.htm(最終確認:2022/01/27)

 

 

留意点

この記事は,分かりやすさを重視するため,文中の表現等が正確でないものが含まれている場合があります。予めご了承下さい。

2022年度大学入試共通テスト「簿記・会計」に挑戦しました

この記事は、大学院生の筆者が共通テスト「簿記・会計」の問題を解いたら何点取れるのか試してみた結果について書いたものです。その後、問題の内容、問題を解いた感想についても付け加えております。

 

<目次>

1 結果

2 出題内容

3 感想

 

0 はじめに(補足情報)

問題を解く筆者の情報は次のとおりです。

日商簿記検定2級取得済み

・税理士試験会計科目(簿記論と財務諸表論)合格済み

・1年以上簿記の勉強はしていない→ブランクあり

・商業高校出身ではない



1 結果

問題を解いてみた結果は次のとおりです。ちゃんと時間は計って解きました。

 

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2022年度大学入試共通テスト「簿記・会計」

結果としては、100点満点中 80となりました。特別点数が良いわけでもなければ、かといってネタにするほど悪いわけでもないという中途半端な結果となってしまいました…

 

2 出題内容

問題は3問構成でした。また、第1問は、AとBに分かれていました。

第1問A(配点22)は、会話文を読んで簿記に関連する問題に答える形式の問題でした。

第1問B(配点18)は、伝票についての問題でした。

第2問(配点30)は、帳簿組織に関する問題でした。

第3問(配点30)は、決算整理型の問題でした。

 

3 感想

まず、全体の印象として、かなり難しいと思いました。見たことない形式の問題(これは対策をしておかない私の問題ですが)に戸惑ったのも大きかったかもしれません。

ボリュームもまあまあでした。ちなみに、回答順序は、

素読み(約3分)→第3問(15分弱)→第1問(20分程度)→第2問(25分弱)

という感じで、全部回答できましたが、時間ぎりぎりまでかかりました。見直したりする余裕はなかったです。

電卓が使えない点にも戸惑いました。信じられないような単純な引き算のミスを何か所かしています。

 

ところが、ネットなどでのこの問題の評価を見ると、「簡単だった」みたいな意見が多くみられました。実際に問題を解いて90点越えみたいなことをさらっと書いてる人も結構いたので、その人たちはすごいと思いました。

 

完全にできなかった言い訳みたいになってしまっているのですが、今まで見たこともないような問題が出てきたのが難しく感じた原因だと思います。

私が行ってきた簿記の勉強は、税理士試験対策がほとんどでした。税理士試験では、伝票帳簿組織の出題実績はほとんどありません。そのため、予備校でも伝票や帳簿組織の論点の講義はほとんどありませんでした。

今回の問題でミスしている箇所が第1問B(伝票)と第2問(帳簿組織)に集中しているのはこのためです。むしろ、複合仕訳帳制とか初めて聞いた(または記憶のかなた)ものを、よくここまで回答できたよなと思います。

第1問Aは、見たことない形式ではありましたが、問われている内容はごく普通のことだったので回答することができました。

 

商業高校の高校生はこんなことまで勉強しないといけないのか、お疲れ様です…というのが正直な感想です。

それと同時に、帳簿組織のこのような問題を勉強させてそんなに意味あるのかな、とも感じました。受験生時代にも、講師から

「将来消えていく論点だからそんなに勉強しなくていい」

と言われていた論点でもあるので余計にそう思います(単純に私の私怨でもある)。

 

もともと勉強していた論点(第3問など)については、ごく基本的な論点ばかりが出題されたこともあり、意外と覚えていたなという印象です。

電卓持ち込み不可であることから、割引の計算(リースなど)が出ないことがわかっていましたが、当初の予想以上に基本的な論点からの出題でした。ネットなどで「簡単」と評価されるのはこの辺りが理由だと思います。

それでも、準備金の積み立てのところが抜け落ちていましたが。

 

今回の問題ですが、私はなじみの薄い論点がでて難しいと感じましたが、商業高校のカリキュラムに沿って勉強している高校生にとっては比較的取り組みやすい問題であるように思われました。完全に私の勘ですが、平均点は65点くらいになる気がします。

[2022/01/19追記]大学入試センターの発表によると、平均点(中間集計)は47.20点とのことでした*1。予想が思いっきり外れました。受験生は簿記だけじゃなくて5教科7科目同時に仕上げないといけないという点を完全に忘れてました。

私は、商業高校の出身ではないので、共通テスト(旧センター試験)を「数学ⅡB」で受けました。簿記会計のボリュームもまあまあありましたが、数学ⅡBに比べたら計算量もずっと少なくて(年度が違うので単純比較できませんが)取り組みやすいように思われました。

*1:令和4年度大学入学共通テスト(本試験)平均点等一覧(中間集計)abm.php (dnc.ac.jp)(確認:2022/01/19)

『会計の世界史』と『帳簿の世界史』は何が違うの?両者の特徴を比較して解説

 この記事では,題名の似ている2冊会計の世界史帳簿の世界史の内容の共通点・相違点について比較して述べています。「どちらも興味があるけれど,1冊しか読む時間がない!」という方は,この記事で本を選ぶ参考にしていただけると幸いです。

 本稿の構成は次の通りです。

  1. 概要
  2. 詳細
  3. 本の選択基準

 

 

 

 

1 概要

 私は,『会計の世界史』を読了した後に,『帳簿の世界史』を読み始めました。読んでいる途中で気付いたのですが,似たような趣旨の本なのかなという予想に反し,これら2冊の本は,テーマとして扱う内容が結構違っていました。

 

 『会計の世界史』(以下会計といいます。」)と『帳簿の世界史』(以下帳簿といいます。」)は,(複式)簿記・会計を題材として扱っているという点では共通していますし,これを世界史の中に位置づけてとらえているという視点も一致しています。ところが,この2冊は,示したいテーマというか,趣旨に違いがあるようでした。

 

 まず,『会計』は,テーマの中心は,簿記・財務会計管理会計などで,総括すると「企業会計」がメインとして書かれていました。また,複式簿記の発達や株式会社の誕生というように,会計にまつわる制度の生い立ちや発達についての話が中心となっています。

 この本の書評は以前書いたことがあるので,興味のある方はよかったらそちらもご覧ください。

 

daigakuinjisyuusitu.hatenablog.com

 

 

 それに対して,『帳簿』は,国家の財政運営や会計システムの構築,それらの監査に焦点が当てられ,「公会計」が中心になっていました。会計というより,「財政」と言い換えた方が,あるいはしっくりくるかもしれません。また,公会計の運用の困難さに焦点が当たっていたことが違いとしてあったように思われます。

 そもそも,『帳簿』は翻訳されたものであり,元々のタイトルは,

“THE RECKONING : FINANCIAL ACCOUNTABILITY and the RISE and FALL of NATIONS”

です(※)

 「NATIONS」とあることからも,メインテーマが「公会計」であるとわかります。ちなみに,私は英語のタイトルの方を無視して読み始めたので,途中までこのことに気付けませんでした…。また,「RISE and FALL」とあるとおり,国家が栄えて,そして没落するまでの過程を会計という視点から見ていきたいという趣旨が伝わってきます。

(※)DeepLで翻訳すると,「償い:財務責任と国家の興亡」となりました。英語力の乏しい私が指摘するのは恐縮ですが,”reckoning”は「清算」「決算」などと訳したほうがしっくりくるかもしれません。

 

 ただし,テーマの似通った2冊ですから,扱う題材やエピソードがかぶってくるものも結構出てきます。これについては,両者を読み比べてみても面白いかもしれません。

 

【!】まとめ

会計の世界史』 → 企業会計

帳簿の世界史』 → 公会計

 

2 詳細

 このように,非常に似たタイトルの2冊ですが,内容面での違いも大きかったといえるでしょう。こうした大枠の内容の違い以外にも,両者には様々な特徴があります。そこで,以下ではこの2冊について,もう少し踏み込んで書いてみようと思います。

 

 本の読みやすさでいえば,圧倒的に『会計』の方が読みやすかったです。興味深いエピソードを冒頭に持ってくるなどして,近寄りがたいイメージのある簿記や会計にすっと入っていけるように工夫されていました。『会計』は,とっつきやすくてインスタントに楽しむことができるように思いますし,会計初心者の入り口にも最適という印象を受けました。

 

 一方で,『帳簿』の方もじっくり読んだらいろいろなことがわかって面白いと思います。国家が会計システムの維持に腐心するエピソードが本書の中で様々に語られているのですが,これらの話にはどうしても上手く管理しようとしてもできない苦労というか,人間臭さがあって興味をそそられます。

 また,『帳簿』は国家との結びつきが強いので,歴史に関する記述が多かったように思われます。そのため,世界史に詳しい方は楽しみ方も広がると思いますし,世界史をあまり知らない方も世界史を一通り勉強しておいてから読んだ方がより楽しめるように思いました。私は,高校世界史を勉強していなかったので,本の記述でいまいちピンと来ない部分があったことが悔やまれます。

 

3 本の選択基準

 まず,「読書を通じて会計を勉強したい,会計を深く理解したい!」という考えの方には,断然『会計』がおすすめです。

 前述したとおり,『会計』は企業会計,『帳簿』は公会計がメインテーマです。企業会計も公会計も会計に違いはありませんが,ふつう会計について学びたいという人は,商業簿記や工業簿記などの一般企業の簿記会計について知りたいという人が多いでしょう。民間企業で働くのに役立つ会計といえば,企業会計になります。したがって,『会計』を読んだ方が学べることは多いでしょう。

 

 次に,趣味としてじっくりと読むことを考えたら,個人的には『帳簿』がおすすめです。世界史の知識と合わせて深く読んでいけば,知見が広がるように思われます。じっくり読んだら深く楽しめるのが『帳簿』ではないでしょうか。

 

 ちなみに,『会計』では,特に後半部分,音楽に関する話がよく登場していました。会計とのつながりを考えたら「必ずしも必要か?」とも思ったのですが,著者の趣味なのかもしれません。私は,正直意味がよくわからなかったのですが,好きな人が読んだらはまるのかもしれないです。

 

【書評】会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語 著者:田中靖浩

本書は,簿記・会計の誕生・発展について,世界で起こった史実を絡めながら説明した一冊です。

私も,かねてより本書を読みたいと思っており,ちょうどいい機会があったのでこのタイミングで読むことができました。読了したので,私の感想をお伝えさせていただきたいと思います。

なお,本書の全体的な概要については,ほかにいい書評をしているブログ等がたくさんあるので,本稿では省略させていただきます。

 

<目次>

1 基本情報

2 感想

 2.1 総評

 2.2 注目エピソード

 2.3 会計の歴史の変遷

3 まとめ…「読むかどうか」

 

1 基本情報[1]

 

著者: 田中 靖浩(たなか・やすひろ)

田中靖浩公認会計士事務所所長。産業技術大学院大学客員教授

1963年三重県四日市市出身。早稲田大学商学部卒業後、外資コンサルティング会社などを経て現職。ビジネススクール、企業研修、講演などで「笑いが起こる会計講座」の講師として活躍する一方、落語家・講談師とのコラボイベントを手掛けるなど、幅広くポップに活動中。

出版社:日本経済新聞出版

発売日:2018/9/26

ボリューム:424頁

 

2 感想

 2.1 総評

 読み物として,とても面白い一冊でした。

 私は,大学の学部生のころ結構がんばって簿記会計の勉強をしていたので,会計について新しい項目を学ぶということはありませんでした。しかし,簿記の誕生,財務会計の誕生など歴史を踏まえて読めたことで,

「数年前に必死になって勉強してたことは,こうやって生まれてきたのね…」

みたいな感情が湧き出てきました。

マンガや小説でいう,登場人物の過去エピソードが明らかになる感じでしょうか。ちょっとした感慨がありました。

 

 2.2 注目エピソード

 ところで,本書は,簿記・会計・ファイナンスについて学ぶことがメインといえます。本書の著者も,「『会計の全体像を,歴史とともに楽しく学べる』内容を目指し」ている旨明らかにしており,実際内容もそのようになっています。

 ところが,私は,会計の内容とは少し違うエピソードに注目しました。本書の趣旨からしたら傍論ではあるのかもしれませんが,面白い点だと思ったので紹介させてください。

 

 エピソードの舞台は,19世紀のアメリカです。

 1848年カリフォルニア,シエラネバダ山脈の麓のとある土地で金の鉱脈が発見されました。金発見の噂はすぐに広まり,やがて一攫千金を狙う者たちが続々とこの地に押し寄せます。この地に移り住んだのは,30万人にものぼると言われています。いわゆる「ゴールドラッシュ」です。

 人々は,金の鉱脈探しに明け暮れました。彼らの中には,金の鉱脈を探し当てて大金を手にした者もいます。ところが,それは移住者のうちのごく一部でした。遠路はるばるやってきたにもかかわらず,金が採れたのは最初のうちだけだったようです。

 これに対し,雑貨屋を営んでいたサム・ブラナンは,金の鉱脈が発見されたと聞くと,自ら金の鉱脈探しをするのではなく,別の戦略をとりました。すなわち,ありったけのショベル・桶・テントを買い占め,これを移住者たちに売って大儲けしたのです。

 

 このように,ゴールドラッシュで大儲けすることができたのは,実は金を自ら掘る者ではなく,彼らを相手に必要なものを売って商売した人たちだったのです。筆者も,

「ブームに急ぐのではなく,それで一呼吸おいて儲ける方法を考える――どうやらこれが商売を成功させる秘訣のようです」

と述べています。

 

 このエピソードはそれなりに面白いですが,そこそこ有名な話です。私も本書を読む前からこのエピソードは知っていましたし,今この記事を読んでいる方の中でも,すでに知っていたという方も少なくないでしょう。

 

 では,なぜ私がこのエピソードに注目したのか,その理由について説明させてください。

 この話で,成功した者は誰であったかというと,ブームに乗った人たち相手に商売をしたサムのような人たちでした。「ブームに急いだ」者たちではなかったわけです。

そして,サムは簿記会計の知識を使って大儲けしたわけでもありません。

 もちろん,このエピソードの続きとして,会計につながる話もでてきます。しかし,少なくともこの段階では簿記会計の知識は不要です。

 彼らは,簿記会計に限らず,何かの知識をためていて,それを使って儲けを手にしたわけではありません。ゴールドラッシュというブームを一歩引いた立場から冷静に観察して,一歩機転を利かせて儲ける方法を思いついていたのです。

 

 繰り返しになりますが,本書は,「会計の全体像を,歴史とともに楽しく学」ぶ本です。このような本に限らず,会計についての本はたくさんあり,会計の重要性は言わずもがなです。しかし,サムが成し遂げたような成功事例は知識をためるだけで達成できるものではありませんでした。成功は,物事を冷静に観察して,一歩立ち止まって考えたことによるものでした。

 もちろん,知識をためていつでも使える状態にしておくことは大切なことです。しかし,その知識を使えるようにするために,日ごろからいろいろなことにアンテナを張っておくことも同じように大切であるように思われました。私も,ゴールドラッシュでサムが気付いたように,ちょっと発想を転換させて,こういう事に気付けるような人間になりたいものです。

 

 2.3 会計の歴史の変遷

 ここまで,会計とはほとんど関係ないことばかり書いてきました。このままでは,「会計の歴史の本でいったい何を学んでいるんだ」と言われそうな感じもします。

ですので,会計に関係する点についても触れておきたいと思います。会計についてもたくさん学ぶことがありました。

 

会計の歴史の全体像を俯瞰してみると,その流れは一直線に進化しているというよりはむしろ,一回転して戻ってきているような印象を受けました。

 

会計誕生の初期は,その目的は事業を行ったことによる財産の管理にありました。そこでは財産の収支計算に重きが置かれました。

 

そこからしばらくたって,産業の中心が鉄道事業や製造業のような大規模な設備投資が必要な産業が発達してくると,会計の形も変化していきます。

これらは,事業の初期段階で大きな投資(現金支出)があって,その投資を数年,数十年というスパンでゆっくり回収していくというビジネスモデルです。そこでは,投資をした年は現金収支は大きなマイナス,それ以外の年はプラスとなり,現金収支によっては儲けを把握することができません。したがって,現金収支ではなく実質的な経済価値の変動に着目して,損益計算を重視する会計が発達してきます。減価償却がその代表例といえるでしょう。

 

ところが,時代が進んでいくと,こうした損益計算がだんだん複雑化していきます。すると,経営者による主観的な判断が入り込む余地が増えるなど,問題が発生することになります。そこで,複雑な損益計算ではなく,主観の入り込む余地が少ない財産(キャッシュ)計算が再び望まれるようになりました。現金の増減を報告する「キャッシュ・フロー計算書」はこのような経緯もあり,誕生しています。

 

 このように会計は,

  ①財産計算重視の会計

      ↓

  ②損益計算重視の会計

      ↓

  ③財産計算重視の会計

と時代が進んで,一回転して原点に戻ってきたような進化をしています。会計は人々のニーズに応えて進化してきたわけですが,このように進化しているというのは面白いですよね。

 

 余談ですが,①の基礎となる考え方を「静態論」,②を「動態論」と呼びます。また,②は③との対比において「収益費用アプローチ」,③を「資産負債アプローチ」と呼びます。この辺りの考え方は,会計のテスト勉強的にも重要な論点のようです。

 本当に余談ですが,令和2年度の税理士試験・財務諸表論ではこの点の理解を問う問題が出題されていました[2]。私はこの年に財務諸表論を受験したので,印象に残っています。

 

3 まとめ…「読むかどうか」

 最後に,この本はどのような方におすすめなのか,簡単に書いてみようと思います。

 

本書は,会計についての理解を深めることができる本だと説明されています。その説明のとおり,会計の本質の部分について比較的まんべんなく書かれているように思われます。その一方で,会計について本当に学びたいと思ったら,少し物足りない感もあります。会計の本質については説明していますが,その反面具体的な内容についてはそこまで踏み込んでいないからです。

具体的な会計処理等について学びたい場合には,もっと実務的なほかの本にしておいた方が効率的といえそうです。

 

冒頭にも述べましたが,本書は読み物として面白いです。会計の知識があるなしにかかわらず楽しめるのではないでしょうか。勉強としてではなく,趣味として読むのであれば,(筆者との相性があえば)満足できる可能性は高いと思います。

 

[1] Amazon.co.jpの商品ページより引用。

[2] 税理士試験試験問題及び答案用紙|国税庁 (nta.go.jp)