大学院自習室

趣味は分析と研究です。

YAMAHA Piano Sheet Converter(β版)を使ってみました【検証動画あり】

YAMAHAが公開した「Piano Sheet Converter(β版)」を実際に使い、音源から作成されたピアノ譜の性能を検証しました。

本稿では、実際に楽譜化した動画を紹介しながら、原曲の再現性やピアノアレンジとしての完成度についてレビューします。

目次

  1. Piano Sheet Converterとは
  2. 実際に音源を楽譜化してみた
  3. 性能の検証と使ってみた感想
  4. おわりに

1.Piano Sheet Converterとは

Piano Sheet Converterは、音源ファイルを読み込むことで、ピアノ譜を自動作成できるアプリです。YAMAHAが公開しており、音源からの採譜やピアノアレンジの作成を支援します。

詳細は、公式サイトをご覧ください。

Piano Sheet Converter(公式サイト)

β版の利用条件

2026年9月21日現在、β版では無料で利用でき、作成した楽譜をPDFやMIDIとしてエクスポートすることもできます。

公式サイトの案内によると、正式サービス開始後も楽譜化機能自体は無料で利用できる一方、エクスポートなど一部の機能は有料となる予定です。今後、提供条件が変更される可能性もあるため、利用時には公式サイトの最新情報をご確認ください。

2.実際に音源を楽譜化してみた

今回は、下記の音源を使って、Piano Sheet Converterの性能を検証しました(音源は作者の許諾を得て使用)。

使用した音源

  • 曲名: 吹く風に舞う遠い記憶そのままに - 花隈千冬【オリジナル曲】
  • 作者: 雑費その他

吹く風に舞う遠い記憶そのままに - 花隈千冬【オリジナル曲】(YouTube)

今回は、上記の楽曲をMP3形式でPiano Sheet Converterに読み込ませました。

楽譜化の手順と結果

Piano Sheet Converterでは、楽譜の難易度を4段階から選択できます。今回は、最も難しい「上級」を選びました。

設定を確定すると、3分もかからないうちに楽譜が出力されました。

実際に出力された楽譜は、下記の動画からご覧いただけます。


www.youtube.com

また、作成した楽譜はPDFやMIDIとしてエクスポートできます。

今回は、エクスポートしたMIDIデータを音楽制作ソフト「SeeMusic」に読み込ませ、演奏動画として確認しました。その結果が、次の動画です。


www.youtube.com

3.性能の検証と使ってみた感想

実際に使ってみて、率直に「よくできている」と感じました。

出力された楽譜をまったく修正せず、そのまま演奏に使えるかというと、多少粗い部分はあります。しかし、必要な修正は限定的で、原曲の雰囲気を損なわずに聴けるレベルの楽譜が作成できていると感じています。

ここからは、原曲と聴き比べながら、性能を検証していきます。

今回の検証の視点

Piano Sheet Converterの主な用途は、次の2点にあると考えられます。

  1. 耳コピ(採譜)作業の効率化
  2. 目的や技量に応じたピアノアレンジの作成

公式サイトでも、「最初の耳コピが、とにかく大変」「アレンジの難易度調整が難しい」といった悩みに対する解決策として、本アプリが紹介されています。

そこで今回は、以下の2つの観点からレビューします。

  • 原曲に対する再現の正確性
  • ピアノアレンジとしての完成度

3-1.原曲に対する再現の正確性

全体として、原曲の作曲意図をおおむね正確に読み取れており、採譜の精度は高いと感じました。

メロディー

メロディーは、ほとんど正確に採譜できていました。一部、音が抜けている箇所はありますが、修正は比較的容易です。

なお、歌のメロディーと伴奏を比較すると、歌の部分のほうが再現性は高く、伴奏部分にはやや不正確な箇所が見られました。

コード・ベース

コードは、ほぼ原曲どおりに読み取れていました。特に、ベース音の再現性は高いと感じました。

テンポ

テンポは、原曲を正確に反映していました。

調・転調

原曲の調に対応した調号が設定されており、曲中の転調にも対応できていました(注1)。

装飾的な音やフレーズ

メロディーやコードだけでは捉えにくい音も、ある程度再現されていました。

例えば、今回の楽曲におけるBメロ直前のaugコードに含まれる装飾的な音や、ベースのルート音以外のフレーズ的な動きなどです。

こうした細かな音まで拾えている点は、印象的でした。

3-2.ピアノアレンジとしての完成度

左右のバランス

右手と左手の音の配置やバランスがよく、全体としてきれいにまとまった楽譜だと感じました。

難易度に応じたアレンジ

今回は「上級」を選択しましたが、難易度を変更すると、音数などが適切に調整されていました。

難易度に応じたアレンジという点も、しっかり対応できていると思います(注2)。

楽曲の雰囲気を踏まえた伴奏

伴奏部分は、単調なパターンを機械的に当てはめたものではありませんでした。

楽曲の盛り上がりや緩急といった温度感を読み取り、場面に応じて伴奏の形を使い分けているように感じられました。

単に音を拾って並べるだけでなく、ピアノアレンジとしてのまとまりを意識している点は評価できると思います。

4.おわりに

今回、Piano Sheet Converter(β版)を実際に使ってみて、採譜の正確性とピアノアレンジとしての実用性の両面で、高い性能を持つアプリだと感じました。

もちろん、出力された楽譜をまったく修正せず、そのまま演奏に使用できるかというと、現時点では難しい部分もあります。しかし、必要な修正が限定的で済むことを考えると、耳コピやピアノアレンジの作業を大幅に効率化できる可能性があります。

一方で、今回の検証にはいくつかの条件があります。

使用した楽曲は、主にストリングスとピアノで構成されており、コードも比較的素直なものでした。そのため、使用楽器の種類やコードの複雑さ、音数などによっては、再現性が変わる可能性があります。

今後は、異なるタイプの楽曲でも試し、どのような条件で採譜の精度やアレンジのクオリティが変化するのかを検証してみたいと思います。

現在はβ版であるため、今後さらに性能が向上する可能性もあります。現時点でも十分に優秀だと感じられる性能でしたので、今後の発展が楽しみなアプリです。

 

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(注1) 厳密に見ると、転調のタイミングが原曲の意図と完全に一致しているわけではありません。ただし、転調の解釈は聴き手によって判断が分かれる場合もあります。また、短い転調にも対応できていることを考えると、十分に高い性能だと感じました。

(注2) 今回の楽曲をピアノで演奏する場合、聴き応えという点では「中級」以上が適していると感じました。

一方、私はピアノ初心者なので、ピアノを始めたばかりの人にとって、「初級」などの難易度を選べることには大きな意味があると思います。

むしろ、上級者であれば、音数を減らすなどの難易度調整を自分で行える場合も多いでしょう。そのため、今後、初心者向けの楽譜のクオリティがさらに向上すれば、より便利に感じる人が増えるのではないかと思います。

戦略的なメロディーで楽曲は輝く!「Petit Etoile」作曲分析

今回は、アップテンポでかわいらしい楽曲「Petit Etoile」を分析します。

一見シンプルに聴こえる本曲ですが、実は計画的に配置された旋律が曲想の形成に大きく寄与しています。本稿ではメロディーに焦点を当てて本曲の魅力を掘り下げるとともに、作曲に応用可能なエッセンスを探っていきます。

 

<目次>

1 楽曲紹介

2 本曲分析の視点

2-1 徹底した「六抜き」音階の使用

2-2 徹底したシェル管理

3 各パートの分析

3-1 Aメロ

3-2 Bメロ

3-3 サビ

3-4 Cメロ

4 実験企画――Cメロを素材として

5 おわりに

留意点:本稿で用いる用語の多くは、SoundQuestに準拠しています。用語や理論の説明を割愛している場合もありますので、ご不明な点がありましたらこちらのサイトを参照することをお勧めします。

1 楽曲紹介

今回分析する楽曲はこちらです。


www.youtube.com

Petit Etoile / petit corolla (温泉むすめ)

作詞: 唐沢美帆
作曲・編曲: 本多友紀
All Instruments & Programming: 本多友紀
Mixing Engineer: 菊池司 (at: NK SOUND TOKYO)

採譜はこちらからご参照ください。


www.youtube.com


www.youtube.com

 

2 本曲分析の視点

耳コピ譜を見ると、本曲はシンプルなメロディーとコードで構成されています。

しかし、詳細に観察すると、一定の統一的なルールに基づいてメロディーが設計されていることが分かります。ポイントは次の2点です。

・徹底した「六抜き」音階の使用

・徹底したシェル管理

具体的な楽曲の検討に入る前に、まずはこれらの視点について整理します。

 

2-1 徹底した「六抜き」音階の使用

該当箇所:Aメロ、サビ、Cメロ

「六抜き」音階の「六」とは「ラ」を指します。該当パートを観察すると、ラの音(画面では紫色のノート)がほとんど登場せず、意図的に避けられていることが分かります(*1)。

では、なぜ本曲では「六抜き」が採用されているのでしょうか。

一般に、ダイアトニック音のうち特定の音を意図的に排除することで、楽曲のキャラクターをコントロールする手法が用いられます(*2)。

使用する音と使用しない音を戦略的に分けることで、狙った曲想を明確にするのです。

ラは主和音の構成音ではなく、中程度の傾性を持つ音と位置付けられます。一方で、マイナーキーでは中心的役割を担う音でもあり、「暗さ」や「陰り」を感じさせる性質を持っています。

そのため、ラに収束するフレーズは、楽曲全体にやや陰影を与える傾向があります。本曲ではこのラを排除することで、そうした要素を徹底的に排し、明るくかわいらしい曲想を純度高く維持していると考えられます。

(*1)この点については、「耳コピを私が行った限り」という前提があるので、全くないとは限らないです。ただ、あったとしても補助的な使われ方に限られると考えられますので、「全くない」といえるかはともかく、ラが避けられている傾向はあるとの前提に基づき議論を進めております。

(*2) 代表的なものに「四七抜き」音階があり、 「ファ・シ」が全く使われず半音関係の消え去った音階です。このほかにも、SoundQuestでは「五音/六音音階」としていくつかの音階が紹介されています。

 

2-2 徹底したシェル管理

該当箇所:Bメロ、サビ、Cメロ

次に、コードとの関係に着目すると、コードチェンジのタイミングにおけるメロディーが、必ず「奇数シェル」(=7thを含むコードの構成音)になっていることが分かります。

「奇数シェル」と対になる概念は「偶数シェル」です。奇数シェルがコードの構成音のため澄んだ響きをもたらすシェル、反対に偶数シェルはコードの構成音以外の音であるため、濁りをもたらすシェル整理されます。

偶数シェルの濁り自体が悪いわけではないのですが、楽曲に緊張(ゆらぎ)をもたらすので、ストレートな構想の楽曲とはなじまない場面もあります。

本曲では、特に影響の大きいコード切替時に偶数シェルを避けることで、濁りや不安定さを排除し、一直線に進むような爽快な曲想を実現しているものと考えられます(*3)。

(*3)なお、同じ奇数シェルのなかでも、そのどれを選択するかで大きく曲への影響は異なりますが、ここでは最も大きな分類である偶数or奇数のみ考慮し、大きな視点で楽曲の検討を進めることにします。

 

3 各パートの分析

これらの視点を踏まえ、各パートを具体的に見ていきます。

なお、上記で整理した2つの視点と該当箇所をまとめると、次の表のようになります。

 

Aメロ

Bメロ

サビ

Cメロ

六抜き

〇

-

〇

〇

奇数シェル

-

〇

〇

〇

 

3-1 Aメロ

3小節目のところで、Ⅰの和音に対して、メロディーが レ→ミ となっています。

レは偶数シェルで「どこにいこうかな」とそわそわさせておいて、安定音かつコードの構成音であるミに進むことで、緊張が緩和(解決)されています。これが偶数シェルの基本的な活用の仕方といえるでしょう。

7小節目のところも、Ⅰの和音に対して、メロディーが レ→ド となっており同様の構造ですが、主音への着地であるため、こちらのほうがより到達感・解決感があります。

 

3-2 Bメロ

Bメロから奇数シェルを偏重する戦略が始まります。コード進行に対してメロディーがぴったりついていっており、安定感のある心地よい曲想が生まれています。

一方、Bメロではラが使用されています。全体的に曲調は明るいのですが、わずかな陰影を加えることで、楽曲に表情の変化を与えています。

 

3-3 サビ

サビは「ラ抜き」と「奇数シェル」の両戦略が併用されています。

その結果、明るさと直線的な推進力が強調され、非常にキャッチーなメロディーが形成されています。

また、傾性の強いファ・シも控えめにですが、用いられています。そのことで、明るくパワフルな印象は残しつつも、繊細さがさりげなく加えられている点も特徴的です。

 

3-4 Cメロ(動画の「Original」参照)

サビ同様、「ラ抜き」戦略と「奇数シェル」戦略が併用されています。

特に興味深いのは、ボーカルの裏で流れている伴奏側でも六抜き音階が徹底されている点です。意図的か無意識かは定かではありませんが、統一感の強さが際立っています。

ここでも、高傾性音のファ・シはしっかり登場しており、繊細で柔らかな響きが感じられます。さらに、ラ抜きが暗さや陰りを抑えていることで、「ひんやりした心地よい空気感」が演出されています。

 

4 実験企画――Cメロを素材として

ここで、メロディーの影響力を検証するため、以下の実験をしてみたいと思います。

Case1、Case2は、本曲のメロディー及び伴奏の構成音を変えてオケを作成したものです。

■ Case1:原曲の「シ」を「ラ」に変更

■ Case2:1に加え、「ファ」を「ミ」か「ソ」にシフト(→四七抜き音階化)


www.youtube.com

Case1は、原曲(Original)をたった1音変えただけですが、哀愁や素朴さが浮き出してきたように感じられないでしょうか。さらにCase2にいくと、こちらもCase1から伴奏が1音変わっただけですが、和のニュアンスが強く現れたように感じられます。

この実験により、メロディー構成音が楽曲の印象に与える影響の大きさが実感できるのではないでしょうか。

 

5 おわりに

本曲は、シンプルな構造の中に緻密な設計思想が息づく好例といえます。

使用音の選択と配置を意識するだけで、楽曲の印象は大きく変化します。本稿が、楽曲制作にあたりメロディー設計を意識するきっかけとなれば幸いです。

簡素な消費税制に向けた提言 ――インボイス制度・免税事業者制度の廃止と限界控除の導入

【本稿の要旨】

インボイス制度なんて面倒なことはもうやめませんか?

本稿では、複雑化が進む消費税制について、「簡素であること」を重視した制度の見直しを提案します。免税事業者制度を廃止し、それを前提にしたインボイス制度もあわせて廃止することで、過度な事務負担や制度上の歪みを解消できないかと考えます。小規模事業者に配慮するため「限界控除制度」の導入を提案するとともに、簡易課税と原則課税を申告時に選択できる仕組みとすることで、実務の分かりやすさと合理性の両立を目指します。

<目次>

1 はじめに

2 主体的提言――免税事業者制度の廃止と限界控除制度の復活

3 予備的提言――簡易課税と原則課税の申告時選択制

4 おわりに

 

1 はじめに

租税の三原則は「公平・中立・簡素」とされています。

公平性・中立性が重要であることは言うまでもありませんが、特に申告納税制度を採用する税目においては、納税者にとって理解しやすく、かつ納税に伴う事務コストを最小限に抑えられるという意味で、「簡素」であることの重要性は極めて大きいと考えます。

ところが、消費税については、近年、複数税率やインボイス制度が導入され、制度設計自体が複雑化しただけでなく、実務対応にも膨大な手間がかかるようになりました。率直に言って、「まともにやっていられない」税制になりつつあるのではないでしょうか。

実務対応に多大な手間がかかるということは、人手不足が叫ばれる現代において、納税という手続きを完了させるためだけに大量の人的・経済的資源を投入していることを意味します。これは社会全体にとって大きな損失です。さらに、現場レベルで「最初から正確な対応をあきらめざるを得ない」税制を運用し続ければ、消費税にとどまらず、他の税目においても納税意識の低下や税制理解へのモチベーション低下を招きかねないように感じます。

本稿では、「簡素」という視点を最優先に、合理的な消費税制の構築に向けた提言を行います。もっとも、簡素化一辺倒ではなく、小規模事業者の事務負担への配慮や、租税回避への対応も一定程度考慮しています。本稿の提案が、税制設計を考える一つの視点として何らかの参考になれば幸いです。

2 主体的提言――免税事業者制度の廃止と限界控除制度の復活

<提言の概要>

① 法9条の「小規模事業者に係る納税義務の免除(免税点制度)」を廃止

② インボイス制度を廃止(導入前の法30条に戻す)

③ 消費税法制定当初に存在した「限界控除制度」をアレンジして復活

 (→結果として、実質的な免税事業者を制度的に作出)

(1)免税事業者制度とインボイス制度の廃止

まず、法9条に定めるいわゆる免税点制度を廃止します(①)。これにより、消費税法上「免税事業者」という概念そのものが消滅します。すると、仕入先が課税事業者か免税事業者かを区別する必要性もなくなり、インボイス制度は制度的に不要となります(②)。

この2つを廃止するだけでも、消費税実務における事務負担は大幅に軽減されると考えられます。制度設計はこうしたメリットが生じると同時に、変更に伴う波及効果も生じますので、以下、これらの点についても検討します。

(2)租税回避への対応としての免税点制度廃止

免税事業者制度の廃止は、租税回避対策としても有効です。

現行制度では、基準期間の課税売上高が1,000万円以下の事業者についても、例外的に納税義務が免除されない「納税義務の免除の特例」が、法9条4項から法12条の4まで多数規定されています。これらは、免税点制度を前提とした租税回避への“パッチ”として、後付けで追加されてきた経緯があります。

しかし、これだけ規定を積み重ねても、租税回避を完全に防ぐことはできていません。免税点制度そのものを廃止すれば、法人の再編等を利用した免税事業者の作出といった問題を根本から解消できます。また、各種「納税義務の免除の特例」も軒並み不要となり、税制の簡素化にも大きく寄与します。

(3)小規模事業者への配慮としての限界控除制度

もっとも、免税事業者制度を廃止すれば、事業規模が極めて小さい個人事業主にも納税義務が生じ、過度な事務負担を強いるおそれがあります。そこで、免税事業者制度の廃止とセットで、以下のような限界控除制度の創設を提言します(③)*1。

「事業者のうち、その課税期間における課税売上高が1,000万円以下である者については、限界控除税額60万円を控除する。」

この制度設計のポイントは、①判定基準を「『その』課税期間」とした点と②限界控除額を60万円に設定した点の2点です。

まず、「その」課税期間とすることで、新設法人を利用した課税回避を政策的に考慮する必要がなくなります。従来、基準期間判定が必要だったのは、「課税期間開始時点で自分が免税か課税かを把握できるようにする」という趣旨がありましたが、免税事業者制度自体がなくなれば、その配慮は不要です。

次に、限界控除を60万円とすることで、簡易課税を適用すれば、業種を問わず納税額がゼロになります。その結果、事務処理の実態としては、従来の免税事業者とほぼ同様の扱いが可能になります。なお、原則課税では必ずしも税額がゼロにならない点については、後述する予備的提言で補完します。

ここで、最大60万円の控除が付されることから、この部分を「益税」と捉える余地はあります。ただし、制度簡素化による社会全体の効率化効果のほうがはるかに大きいと、個人的には考えています。

*1 課税期間が1年でなければ年換算します。また、控除前の納税額が60万円未満であっても、税額はゼロになるだけであり、還付は行わないものとします。

3 予備的提言――簡易課税と原則課税の申告時選択制

(1)提言の趣旨

消費税の税額計算方法には、原則課税と簡易課税の2種類があります。そして、どちらの方法で税額の計算を行うかは、事前の届出により選択することとされています。簡易課税の本来の趣旨は、事務負担への配慮です。しかし、実際にはどちらの計算も可能であるため、より税負担が軽くなる方法を選択する「有利判定」の側面も持っています。また、簡易課税の選択は課税期間が開始する前に行う必要があるため、事前の詳細なシミュレーションが不可欠であり、相当な負担があります。このように、本来の事務負担軽減の趣旨とは裏腹に、実務的には負担が生じる制度設計となっており、現行制度においても問題を抱えた制度となっています*2。

これに加え、上記提言の限界控除制度導入にあたっても問題が生じてきます。前述の限界控除制度は、課税売上高1,000万円以下の事業者が簡易課税を適用すれば、自動的に免税事業者と同様の効果を得られる設計になっています。しかし、簡易課税の事前選択制が残ったままでは、事前の試算・検討が必要となるだけでなく、届出を出さずに原則課税となる課税期間については結局実額による計算を行わなければならないという手間が生じてきます。これでは、限界控除が「使いずらい」状況となってしまい、せっかくの限界控除制度の政策効果が薄れてしまいます。

この点をケアするため、簡易課税と原則課税の申告時選択制を併せて提言しました。これにより、申告時点で課税売上高が1,000万円以下であることが分かれば、「何も考えずに消費税申告書を提出しない」という判断が可能になります*3。設備投資など特別な事情がある場合のみ、還付を受けるために消費税計算を行えば足ります。

*2 なお、実務的に税理士としては、この判定を過失なく行う義務を実質的に負うこととされており、この点に起因するトラブル(いわゆる保険事故)も少なくありません。実際、消費税においては、原則/簡易課税の判定誤りや届出の失念による事故がその多くを占めており、現行制度による実務の困難さが現れています。

*3 現行制度では申告義務は生じそうですが、「限界控除を使って税額がゼロになる者は申告書を出さなくていい」旨の規定を整備しておけばいいだけなので、制度として十分実現可能です。

(2)実現可能性と波及的影響の検討

消費税制定当初は、事前に計算方法を確定させておかなければ事務処理が困難だったかもしれません。しかし現在では、会計ソフトを用いて申告時にまとめて1年分の仕訳を見直し消費税申告書を作成することも十分可能です。もちろん、それも面倒ではありますが、対象は小規模事業者に限られるため、「まだまし」ではないかと個人的には考えています。

なお、申告時選択制を採用すると、理論上常に有利な方式による申告が可能であることから、簡易課税による「益税」問題は残り続けます。簡易課税の適用ボーダー(現在は5,000万円)を下げれば益税は減少しますが、事務負担は増加します。最終的には、定量的な分析を踏まえた政策判断が必要となると思われます。

申告時選択制を採用する場合でも、原則課税の「3年縛り」は、これまでの改正経緯を踏まえると残さざるを得ないと考えます。一方、簡易課税の「2年縛り」については趣旨が不明確であり、限界控除の政策効果を高める観点からは廃止したいところです。

4 おわりに

今年も税制改正大綱の時期が近づく中、消費税については、①納税額を簡易2種事業と同様に計算する「2割特例」と②免税事業者からの仕入れに関する経過措置(80%控除)の行方が注目されています。

消費税が国家財源として重要な役割を担っており、インボイス制度の定着による税収増が必要とされている点は理解できます(うっかり税率を上げるなどと言ってしまうと炎上するでしょう)。しかし、税収増のために膨大な人的・経済的資源が消費されている現状は、決して看過できるものではありません。可能な限り税制を「簡素」に設計することで、社会全体の効用を最大化する――そのような視点が、今こそ求められているのではないでしょうか。

本稿は、十分な調査研究に基づくものではなく、不備も多いと自覚しています(この数日での思いつきの部分も多々あります)。ただ、簡素な税制の重要性や制度設計のあり方について、考えるきっかけとなれば、これ以上の喜びはありません。

【楽曲紹介】固定された朝の庭で

オリジナル楽曲の制作を行い、楽曲を動画サイトに投稿しました。今回のテーマは「ピアノが主役の歌もの」です。ピアノのクセのない澄んだ音色が映えるよう、幻想的でクールな曲調となることを目指しました。毎度、試行錯誤の連続ではありますが、良ければ聴いていただき、楽しんでいただければ幸いです。


www.youtube.com

 ボーカルは「京町セイカ」です。普段は作曲分析関連の記事を中心に投稿しています。気になるタイトルがありましたら、そちらも見ていっていただけるとこの上ない喜びです。

 

daigakuinjisyuusitu.hatenablog.com

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セグメント情報で音楽を「見る」!「Have a live day」作曲分析

今回は、透き通ったボーカルとアップテンポで清涼感のあるアレンジが魅力の楽曲「Have a live day」を分析します。

本稿では、メロディー理論、特に「セグメント構造」に注目して分析します。少々「ひねり技」の着眼点にはなりますが、分析手法は非常にシンプルなので「知ってるだけで得する」系の論点です。本曲はボーカルの音域の広さを生かした展開をしているので、今回、手法のご紹介も兼ねて「セグメント情報」にスポットを当てました。

また、本曲は、アレンジやコード進行も見事です。アレンジについてどうしても触れたかったので、末尾に「補論」として記載しています。

 

<目次>

1 楽曲紹介

2 1番の構造と分析

2-1 Aメロ:セグメントの押し上げ方

2-2 Bメロ:思い切りの良さが秘訣です

2-3 サビ

2-4 小括―セグメントの全体構造を視覚情報で捉える

3 新たな展開とその効果

3-1 2番:展開の多さが魅力

3-2 曲の終盤(間奏、落ちサビ、ラスサビ)

4 おわりに

補論―アレンジの全体像

 

※本稿をお読みいただくにあたって※

・本稿で扱う理論・用語は、原則としてサウンドクエスト(Sound Quest:音楽理論サイト)に準拠しています。

・メロディーは移動ド(キーをCにしたときのドレミ)、コードはディグリー・ネーム(ローマ数字)で記載しています。こちらもサウンドクエストに準拠している形です。

・本稿と併せて下記のウェブサイトを参照されることをお勧めします。

SoundQuest メロディ編(12)調性引力論④声域区分法

 

1 楽曲紹介

今回分析する楽曲はこちらです。


www.youtube.com

PCゲーム『白恋サクラ*グラム』
オープニング主題歌

歌:Ceui
作編曲:小高光太郎・石倉誉之

楽曲の耳コピはこちら。


www.youtube.com

メロディーとコード進行の確認用にご利用ください。正確なコードではありませんことをご留意ください。

2 1番の構造と分析

2-1 Aメロ(動画の12小節目~)

8小節を2回繰り返す構造をしています。

Aメロ前半は、ソを中心としてド~高いドまでを用いる「外向き2セグ」構造です。順次進行が多めの優しいメロディーが特徴的で、ソ(たまにミ)に落ち着く安定した構造をしています。

Aメロの後半も前半と同じモチーフを繰り返すかと思いきや、1周目でファミと進んでいたモチーフをファソにチェンジ。つづく「ドファミ」のフレーズは、モチーフこそ同じものの、音域が1オクターブ上での繰り返しになっています。

これをきっかけに、メロディーの構成音はこれ以降、ソ~高いファを用いる「内向き2セグ」構造になっており、しれっとセグメントが一段上に押し上げられていることが分かります。

この、オクターブ違いの繰り返し構造部分は、唐突感を抑えつつ、セグメント構造をスムーズに変化させ曲を推進させています。楽曲展開のフックとしてよく効いているのではないでしょうか。

 

2-2 Bメロ(動画の28小節目~)

セグメントは、Aメロ終盤を引き継ぎ、ドを中心にソ~高いファまでの音域です。

Bメロの1番の勝負所は、サビ直前の「泣き笑いしても」の「もー」とファを伸ばしているところではないでしょうか。これは、多くの人から共感・理解を得られるものと考えていますが、それは、以下の要因によるものと分析できます。

① 不安定音ファを長く伸ばして印象付けている。それまでもファは登場しているが、ファミとすぐに解決していました。

② コードがFmであり、クオリティチェンジコードを用いている。キャッチコピーは「あからさまに切ない」ですね。唐突な切なさにドキッとします。

③ メロがファ、ベースがFであり、強さ(パワフルさ)を示すRtシェル。ここ以前は7thシェル、7thシェルと来ているので、Rtのまっすぐさ、強さが際立ちます。

④ アレンジ面でも、本曲で初めてのチューブラベルが鳴り始めます。「ここに注目!」と言わんばかりですね。※アレンジについては、「補論」にて後述

このように、あらゆる方面からインパクト・印象強さを念押ししていることが分かります。勝負所は、「これでもか」と持っているカードを惜しげもなく出すところなのです。

 

2-3 サビ(動画の38小節目~)

いよいよ本曲のメインディッシュであるサビに突入です。

コード進行は、いわゆる「コンファメーション進行」で、カノン進行と2-5-1進行のいいとこ取りをしたような典型コード進行です。以降、本曲の大部分がコンファメーション進行のループになっています。

メロディーに着目すると、Bメロまでは最高音がファだったところ、サビ前半でドラの6度跳躍により、最高音ラを提示しています。さらに、サビ後半ではドラの6度跳躍に加え、つづくドシドのフレーズにより、さらに高い音(DAW上の高い高いド)を提示していることが分かります。

セグメントでいうと、ソ~高い高いドまでの3セグ構造となっています。

ここで、注意深く観察すると、サビで高いソを超えているのは、ドラソのフレーズ×2か所、ドシドのフレーズ1か所の3か所だけであり、それ以外はソ~高いソの2セグに収まっています。そのため、基本の内向き2セグからアクセント的に上のセグメントに音をはみ出させる戦略の「内2セグの拡張」タイプとも分析できます。

上にはみ出す戦略の定番はラソのフレーズですが、本曲ではドシドという中心音への到達というフックも用いています。本曲は、ボーカルの音域の広さを生かし、多彩なアプローチを仕掛けている点も魅力といえるでしょう。

 

2-4 小括―セグメントの全体構造

ここまでのまとめとして、Aメロ、Bメロ、サビの音域が一目でわかる図を示しました。小難しい理論がわからなくても、メロディー全体を引きで見るだけで1つの分析が完了するのですから、非常にお得感がありますね。

また、Aメロ、Bメロ、サビ通して、各セクション内での最高音が比較的最後の方で提示されているという点で共通しています。この点も、ドラマチックな展開に一役買っています。

計画的に徐々に盛り上がる構造を作り上げ、曲の起伏をコントロールするという視点も、作曲の上でのポイントになるのかなと思います。

 

3 新たな展開とその効果

3-1 2番(動画の64小節目~)

間奏を挟んで、曲は2番へ突入します。細かいメロディーの動きも重要ですが、それはそれとして、本曲の2番は新たな展開の多さが特徴的です。

図のとおり、2番では1番ではなかった新たなパターンが2つも登場します。

まず、2番のAメロは、冒頭から1番のAメロとは全然違うメロディーで始まっています。コード進行は似ていますが、1番でFだったところが2番ではFmとなります。メロもそれに合わせてラbのスケール外の音が登場し、1番とは異なる質感を印象付けています。

また、2番では、1番でいうAメロとBメロの間に、全く新しいパターンが挿入されています。コード進行が6-3の逆行進行で始まる力強い展開で、前後のパートとは異なる雰囲気を醸し出しています。

新しい2パターンのセグメントを観察すると、どちらも、ミ~高いミまでに収まる、低めの音域であることが分かります。前後のパートに比べて「ぐっと力強く沈み込む」ような新パートを挟むことで、曲に起伏やメリハリをもたらす効果があるのだと思います。

余談ですが、特に最近の曲で2番Aメロに1番Aメロとは全然違うパートを持ってくる、いわゆる「2Aで遊ぶ」タイプの曲が多いような気がします。

 

3-2 曲の終盤(間奏、落ちサビ、ラスサビ)(動画の132小節目~)

2番が終わり、Cメロも歌いきると、曲は間奏に突入します。本曲のその後のパート(間奏、落ちサビ、ラスサビ、アウトロ)は、すべてコンファメーション進行のループになっています。Cメロが終わった後、コンファメを7周することになりますので、「これだけでも覚えて帰ってね!」と念押しするような構成です。

DAWの見かけでは分かりにくいと思いますが、間奏の1周目から2周目に入るタイミング(140小節目)でキーが3つ下がる転調をしています。なぜそんなことをしたのか?というと、結論としては、落ちサビ→ラスサビへの盛り上がりを演出するためだと考えられます(実際のところは作者のみぞ知る領域ですが…)。

現代のポップスを見ると、ラスサビで+1の転調をして「テンションMAXで曲を締めくくる」展開の曲はよく見かけると思います。本曲は、「これを+3でやっちゃおう!」というわけです。ただ、1、2番サビに対してさらに+3となるとボーカルの音域の問題として相当厳しい面はあると思います。そこで、ラスサビで上げる転調をするため、間奏のタイミングで「しれっとキーを下げておく」という戦略をとったものと考えられます。

副次的な効果として、転調をすることで曲に展開を作り、マンネリ化を防いでいます。

 

4 おわりに

本曲は、パートのバリエーションの多さと起伏のある展開が魅力の楽曲です。今回、セグメント分析を通じ、楽曲をマクロな視点で「見る」ことで、そうした魅力の秘訣に気づくことができました。作曲において、緻密なメロディーやコードの検討はもちろん大切ですが、それと同じくらい曲の全体のバランスや展開に気を配ることも重要だ、ということを再確認できました。

本論考は「作曲」分析であるため、アレンジの話は極力避けていました。本曲は品の良いアレンジが特徴的で、そこ大きな魅力ですので、ぜひ注目して聴いてもらえたらと思います。アレンジについては、下記の「補論」で少し触れています。

それでは、次回はまた別の楽曲でお会いしましょう!

 

補論―アレンジの全体像

本曲のアレンジの方向性は明快で、コードチェンジのタイミングでチューブラベルが高らかに鳴り響くアレンジが特徴となっています。また、そこに行きつくまでの展開もシンプルながら見事なものとなっていますので、以下で簡単にご紹介します。

 

Aメロ1周目:ギターとピアノ中心

Aメロ2周目:1周目にストリングスが加わる

Bメロ:A2に引き続きストリングスが加わったアレンジ

Bメロ終盤「なぜ泣き笑いしても」のところ:

・「なぜ」のところでストリングスが鳴り止みパッと静かに

・「笑いして『も』」のところで、ベルが高らかに鳴り響き、「この曲の主役はこれですよ~」と宣言★

サビ:ベルが主役で、ストリングスがサポート役。コンファメーション進行のコードチェンジのタイミングでベルがコードをガイドするようなアレンジとなっている

以降、ベルが曲を引っ張る展開が続く

 

★のところが2-2節で触れた「勝負所」です。メロディーとアレンジが連動して、曲に劇的な効果を与えていることが分かります。

また、ベルを中心としたアレンジの曲の場合、ベル自体をメロディアスにしたいので、譜割の間隔が一定でないコンファメ進行と非常に相性が良いことにも気づきます。

作曲(メロ、コード)とアレンジとの相性を考える、という視点は、今後作曲を進める上で心に留めておきたいものです。

「届かない恋」作曲分析・論点整理ノート

本稿は。。。

・楽曲「届かない恋」の作曲上の論点をとりとめなく記述したもの

・ノート(レジュメ)形式での記載

・何か明確な論旨や主張があるわけではないです

・参考情報を最後に掲載

・耳コピは、以下をご参照ください。


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<全体の特徴・印象>

・マイナースケール寄りの楽曲で、暗い雰囲気を演出している

・イントロで保続低音A → マイナースケール感を提示

・全体を通してコードがF始まり → ふわっと始まり、切ない感じ

 

<Aメロの構造と分析>

・4小節×4周の構造。

・メロディーの入りが、「ドシソラ」…(a)

・最初のコードはFadd9であり、普段はそんなに暗いコードではないが、「ドシソ」と下がって入ってきているので、いつもより暗くなれる

・その後「ラ」に進む。ラはコード構成音でもあり、「シソラ」とストライドで収束しているともとらえらる → ラが中心音、すなわち「マイナースケールだ」という印象を与えることができる

・4周しているが、それぞれ(a)の完全繰り返し。

・(a)ののち、「ラシドドレソ」と進む…(b)

・Fコード上でメロは「ソラ」、Am上で「ド」、G上で「シ」と、きれいに3rdシェルになっている。

・その後、また(a)が登場して、そののち、メロが「ドレミ」と進む…(b’)

・(b’)は、明確に明るいメジャーコードC上で、メロもドレミと上行、シェルも3rd → 暗い雰囲気がガラッと変わって、ふわっと浮いた、ぱっと明るくなる感じ

・(b)と(b’)とで、和音がⅥの場面(暗い)とⅠの場面(明るい)が交互に

・明るい時間もすぐに終わる → 感情を揺さぶる感じ

 

<Bメロの構造と分析>

・一言ででまとめると:「ひとときの安定」からの「劇的な揺さぶり」で、サビを引き立てる

・【前半】「4-5-3-6」進行(王道進行)

・最初の2小節、メロは「ドシドシソ」となっている。Gの3rd「シ」からRt「ソ」へ下がり、いったん安定感が出る(Rtであること、かつ、ソが第二の安定音であること)

・次の2小節、メロの最後がAm上で「レド」と下がり、ここでも安定感が出る(コード構成音、かつ、主音に到達)

  → ここまで落ち着いた展開を見せる

・【後半】メロが「レミファ」と進み、高傾性音ファをたたく

・このとき、コードもBm7b5となる。この楽曲でこれまではずっと基調和音で来ていたが、ここにきてベースが「シ」、減5度を含む和音の登場

・しかも、メロとコードがトライトーンの関係

  → ダイナミックに曲を揺さぶる要素をここで一気に放出

・この緊張感を提示し、すぐにサビに突入。ドラマチックな展開

・フレーズの最後は「ミ」。このとき、コードもEsus4→Eとなる。ここでもマイナースケール感がでている

 

<サビの構造と分析>

・4抜き → マイナースケール優位で決して明るくはないが曲だが、「ファ」を入れないことで、不用意な情感を排除し、強さのようなものが表現されている

・最高音「ソ」の後、必ず「レ」に進んでいる → あえてわかりやすい安定音「ド」や「ミ」に行かないことで、もやもやした感じを出せている

  参考:コード進行「6-4-5-2」進行

・メロディーの最後はしっかり「ラ」に到達 → 中心は「ラ」、マイナースケールという雰囲気を確定させている

 

<参考情報>

・「届かない恋」とは:ゲーム「WHITE ALBUM2」の劇中歌

・この曲の本来のキーはEメジャー(またはC#マイナー)

・音楽理論については、SoundQuestを中心に準拠しています。

 

「繰り返し」を探求する。「時には昔の話を」作曲分析

本曲は、ジブリ映画『紅の豚』のエンディング・テーマにも採用されており、1987年のリリース以来、長く愛される楽曲です。きわめてシンプルな構造ながら、音楽理論の基礎論点が詰め込まれています。そんな本曲の魅力を解き明かしていきましょう。

 

<目次>

1 楽曲紹介

2 パート別分析

2-1 Aメロ

2-2 Bメロ

2-3 サビ

3 楽曲構成に関する一考察

4 おわりに

 

※本稿をお読みいただくにあたって※

・本稿で扱う理論・用語は、原則としてサウンドクエスト(Sound Quest:音楽理論サイト)に準拠しています。

・本稿では説明上、楽曲の実際のキーにかかわらず、キーをCメジャーに移調して話を進めています。転調している場合などは適宜補足しますが、特に断りのない限り、キーはCメジャーとの前提でご理解ください。

 

1 楽曲紹介

 

今回分析する楽曲はこちらです。


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楽曲の耳コピはこちらからご覧ください。


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メロディーとコード進行の確認用にご利用ください。正確なコードではありませんことをご留意ください。

 

2 パート別分析

 

2-1 Aメロ(動画の6小節目、0:01~)

Aメロ

本曲のAメロは、そのメロディーに見所があります。シンプルなカノン進行を基調としながら、メロディーの巧みな構築によって大きな印象を残しているのです。ここでは、メロディーメイクに効果的に活用されている2つの音楽理論について見ていきます。

 

■ 第1 モチーフの提示・展開・解消

メロディーの基本的な考え方として、「動機(モチーフ)の提示、展開、解消」が挙げられます。少々雑な言い方をしてしまうと、メロディーとは、繰り返し、発展させていくものです。そうした発想が、本曲Aメロにも如実に表れています。

Aメロの譜面を見てみると、冒頭に短いモチーフが提示され、その後もリズムや音程をわずかに変えながら繰り返されていることが分かります。1小節目の出だしこそメロディーを拍頭にそろえていますが、つづく歌詞「むかしの~」のところからは、メロディーがコードの切り替わりよりも1/16拍前に出るフレーズとなり、これがその後も形を保ちながら展開されていきます。

このモチーフは、音程を徐々に下げる形で3回繰り返され、「しようか~」の部分は音程が「ドドラソ」と進みます。この部分で、同じ音型を保ちながらも、ドからラへの上方跳躍進行をすることにより、解消(リクイデーション)の役割を果たします。

その後も、最初に提示したモチーフに微妙に変化を加えつつ繰り返されているため、単調な印象は受けません。こうした工夫の結果、Aメロ前半の4小節だけで同じモチーフを7回も展開することができ、効果的に楽曲の進展を感じさせることができているのです。

 

■ 第2 コードとメロディの関連性(シェル理論)

上記のコード表には、コードとその時のメロディーの音、そして、コードとメロディーの関係(シェル)について記載しています。本曲Aメロでは、7回繰り返されるモチーフのうち、実に6か所で3rdシェルが採用され、3rdシェルを中心に楽曲が構築されていています。3rdは、コードの長調・短調を決定づける音であり、その採用によりメロディーが長短のカラーをプッシュしてくれるので、楽曲の情感が際立ちます。Aメロで、曲にぐっと惹きこまれるような魅力があるのは、こうした技術が影響しているのです。

なお、この3rdシェルの活用については、以前分析した「きらきらエブリデイ」のCメロにおいても同様のテクニックが用いられています。時代を超えて普遍的に用いられる技術なのですね。興味がありましたら、こちらの論考もぜひご覧ください。

 

daigakuinjisyuusitu.hatenablog.com

 

 

2-2 Bメロ(動画の14小節目、0:27~)

Bメロ

さて、曲がBメロに移りましたが、ここでもAメロで提示されたモチーフが引き続き使われています。音高や音の進み方は微妙に変化しながらも、同じモチーフを堂々と用いており、その一貫性がこの曲の持ち味になっています。音の高さとしては、おおむねゆったりと下がっているような感じですね。

モチーフは繰り返されながらも、Bメロの頭はAmで始まっており、Aメロと雰囲気が異なります。こうしたさりげない変化を加えることで、マンネリを防止し、かつモチーフの繰り返しが可能となり、さらに曲が進展したような印象を与えることができます。

 

2-3 サビ(動画の18小節目、0:40~)

サビ

これまで、メロディーの話を中心に見てきましたが、サビではコード進行に着目します。

サビ冒頭の2小節では、J-POPで広く用いられる「王道進行」を変形したコード進行が採用されています。王道進行は、キーがCのとき、F-G-Em-Amとなるコード進行で、「抒情的」で「せつない」雰囲気を生み出します。日本を象徴するコード進行で、現在でも有力に用いられています。

本曲のコード進行はこの派生形です。まず、本曲の2つ目のコードがG/Fと変化しています。また、3つ目のコードはEとなっており、Emよりも感情の高ぶりがよく表現されています。さらに、その後ベースがG#の音を叩き、次のコードAmに半音下から突き上げるようにアプローチする工夫も見られます。なお、これらはいずれも、現代においても定番テクニックとして用いられる技法です。

本曲のリリースは1987年とされています。王道進行が多用され始めたのが1990年代以降とされており、本曲のコード進行が、F-G-Em-Amの型から少し離れていることから推察すると、本曲は、王道進行が用いられ始めた黎明期の作品にあたるのかなと考えられます。

日本人が王道進行という定番の「型」を探し出す試行錯誤の時代にあり、本曲も新たな表現を求めて工夫のすえに生み出されたものだったと考えると、本作は音楽史的にも興味深い位置づけにあると言えるのではないでしょうか。

 

3 楽曲構成に関する一考察

 

本楽曲の構成は、感情のピークとなるサビが非常に短く終わる点が特徴的です。サビの王道進行は、1番のなかでは一度だけしか用いられていません。分析にあたり、

「こんなに素晴らしいコード進行なのだからもっと繰り返せばいいのに、それこそAメロやBメロではさんざんモチーフを繰り返しておきながら、なぜサビは繰り返さないのだろう」

という疑問がわきました。そこで、本稿では最後に、サビの短さの理由について考察してみたいと思います。

さて、作曲分析の中で歌詞を参照するのは反則かもしれませんが、歌詞からこの理由にアプローチしていきたいと思います。(作詞の勉強は一切したことがない門外漢ですが、ご了承ください。)

歌詞を見ると「ときを感じた」「嵐のように」「走った」など、疾走感のあるフレーズが特徴的です。楽曲全体として、「激動の時代を振り返る」、「一瞬で走り去った青春」というものがテーマとして表現されていることが窺えるでしょう。

そうした本曲のテーマを作曲にどう落とし込むかを考えたときに、楽曲の「形式」(=サビの短さ)からアプローチしたものと考察できます。すなわち、「昔の出来事」の儚さ、貴重さを音楽的に反映させるために、最も感情の高ぶるサビをあえて短くし、刹那的で儚い青春の一瞬を印象付けているのではないでしょうか。この、曲の構成という側面から楽曲テーマを補強しているところに、さりげないながらも本曲の奥深さがあるといえるでしょう。

 

4 おわりに

 

本曲の作曲分析を振り返ると、「繰り返し」が重要なキーワードだったように感じます。

AメロとBメロでは、効果的なモチーフの繰り返しと変化が聴き手の心を惹きつける役割を果たしていました。

その一方で、サビでは、あえて「繰り返さない」ことで、青春の一瞬の輝きや儚さという楽曲のテーマをよく表現していました。

シンプルなメロディーとコードながら、こうした巧みな技術が用いられていることが、本曲が時代を超えて愛される理由なのではないでしょうか。

楽曲の構成(形式)の観点で分析を試みるという少々変わった視点に気づくことができ、分析を行った収穫があったと感じています。これからも作曲分析を通じて、音楽の奥深さを探求していきたいと思います。それでは、次回はまた別の楽曲でお会いしましょう!

 

キーワード

モチーフの提示・展開・解消 シェル(3rdシェル) 王道進行 形式