生まれてきた子供に名前をつけるのは,親の役目といえるでしょう。最近では,珍しい名前を付けるケースも度々見られます。では,自分の子供に,いかにも問題がありそうな名前をつけることは許されるのでしょうか。今回は,そのことが問題となった事件について解説していきます。
1 事案の概要
1993年8月11日,出生児の父親であるXは,Y市に「悪魔」と命名された男児の出生届を提出しました。
市役所は「悪」も「魔」も常用漢字の範囲であることから受理しましたが,受理後に戸籍課職員の間で疑問が出たため,法務省に本件の受理の可否に付き照会しました。はじめは,法務省から「問題ない」との回答があったため受理手続きに入りましたが,後日,「子の名を『悪魔』とするのは妥当でなく,届出人に新たな子の名を追完させ,追完に応じるまでは名未定の出生届として取り扱う」との指示が出されたことから,受理手続きを完成させず,戸籍に記載された名欄の「悪魔」の文字を誤記扱いとして抹消し,夫婦に対して別の名前に改めるよう指導しました。
これを受けて,届出者であるXは,東京家庭裁判所八王子支部に不服申し立てを行い,「悪魔」の名を長男の戸籍に記載し,長男の名の受理手続を完成する事を求めました。
2 争点と当事者の主張
この事件の中心となる争点は,子供に「悪魔」という名前をつけることの適法性(認められるのかどうか)です。
Xは,「悪魔」という名は,戸籍法50条に規定する制限内の文字からなっており,子に対して明らかに良い影響を与えると主張しました。具体的には,①誰からも興味を持たれ,普通以上に多くの人々と接してもらえることが子の利益になる②物おじしない野心家になって欲しい,などです。
したがって,受理手続を進め,「悪魔」との名前で戸籍面への記載がされるべきだと主張しました。
これに対し,Y市長は,本件名は命名権を濫用しており受理できないとしました。
3 審判所の判断
審判所は,次のように述べて「悪魔」という命名が不適法である(許されない)といえたと判断しています。
まず,親の命名権については次のように判断しました。
戸籍法上,出生子の命名については一定の文字の使用を禁ずる以外は,直接の法的規制が存しないことに鑑みれば,親(父母)の命名権は原則として自由に行使でき,従って,市町村長の命名についての審査権も形式的審査の範囲にとどまり,その形式のほか内容にも及び,実質的判断までも許容するものとは解されないが,例外的には,親権(命名権)の濫用に亙るような場合や社会通念上明らかに名として不適当と見られるとき,一般の常識から著しく逸脱しているとき,または,名の持つ本来の機能を著しく損なうような場合には,戸籍事務管掌者(当該市町村長)においてその審査権を発動し,ときには名前の受理を拒否することも許されると解される。
続いて,この判断を今回の事件にあてはめています。
申立人は,本件命名の理由につき縷々述べるが,要するに,長男は,この命名により,人に注目され刺激を受けることから,これをバネに向上が図られる,本件命名は,マイナスになるかも知れないが,チャンスになるかも知れない,というものである。……(略)……申立人の上記命名の意図については理解できない訳ではないが,申立人のいう本件命名に起因する刺激(プレッシャ)をプラスに跳ね返すには,世間通常求められる以上の並々ならぬ気力が必要とされると思われるが,長男にはそれが備わっている保証は何もなく,……(略)……本件命名が申立人の意図とは逆に,苛めの対象となり,ひいては事件本人の社会不適応を引き起こす可能性も十分ありうるというべきである。
このように考えれば,今回の「悪魔」との命名は,出生子の立場から見れば,命名権の濫用であって,前記の,例外的に名としてその行使を許されない場合,に該当するとしました。
ただし,今回の事件では,Y市長がXの出生届をすでに受理してしまっており,このような場合であっては,「悪魔」という名前であっても,戸籍にそのまま記載するしかないとして,結果としては,「悪魔」の名の記載を復活させるのが相当として,Xの申立てを認容しました。
4 おわりに
いかがでしたか?
今回の事件では,結局Xの勝訴となってしまいました。では,実際に「悪魔ちゃん」は誕生したのでしょうか?
上記の判断が下された後,Y市はこれを不服として即時抗告しました。これに対しXは,争いが長引くことで子供に名前がつかない状態が続くのは良くないなどとして,東京家庭裁判所八王子支部への不服申し立てを取り下げました。最終的には「悪魔」との命名はされないこととなり,事件は終結することとなったのです。
参考文献
・『民法判例百選Ⅲ 親族・相続[第2版]』(有斐閣,2018)
・Ⅱ-3 「悪魔ちゃん」命名事件について http://ww3.tiki.ne.jp/~masanao/study/akumacha.htm(最終確認:2022/01/27)
留意点
この記事は,分かりやすさを重視するため,文中の表現等が正確でないものが含まれている場合があります。予めご了承下さい。